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2020年7月17日
ミサイル防衛の効果については、学界でも議論がさまざまあり、その配備に反対する研究者さえいます。
例えば、ミサイル防衛は敵の攻撃を完全に防止するには技術的に限界があると主張する研究者もおり、グレイサーとフェッターがこの立場をとっています(Glaser and Fetter 2016)。同じくミサイル防衛に反対する研究者の中には、ミサイル防衛の効果を認めた上で、それが抑止の安定性を損ない、軍拡競争を招くと論じる人もいます(Zhang 2011)。
ミサイル防衛を推進すべきだと論じる人々の間にも見解の相違があります。ミサイル防衛が既存の抑止の安定性を強化してくれるという説もありますが(Quackenbush 2006)、ミサイル防衛はあくまでも防御的能力を強化するものであって、軍拡競争を引き起こすことはないという主張も見られます(Ding 1999)。
こうした混乱を収拾するため、政策シミュレーションを用いた研究が進んでおり、2020年に学術誌『ジャーナル・オブ・ピース・リサーチ』に掲載された論文でその結果が報告されています。
ミサイル防衛の効果については、1960年代から数理モデルを用いた研究が行われてきた歴史があるのですが、著者らは2000年にウィルケニングによって開発されたモデルを導入しています(Wilkening 2000)。ウィルケニングが定式化したのは確率論的なモデルであり、核弾頭を搭載した再突入体(re-entry vehicle)がミサイル防衛によって迎撃される確率と迎撃ミサイルの規模を想定し、それによって防御が成功するかどうかを評価します。
ただし、ウィルケニングのモデルは攻撃者が再突入体に実弾とデコイを混ぜて搭載していることを想定していないため、著者らはこの想定を緩和し、実弾とデコイをはっきり識別できない状況を想定した上で、弾道ミサイルのシミュレーションを実施しました。これは軍事的観点から見てより現実的な想定だと言えます。
ミサイル戦では基本的に攻撃者が優位に立っているのですが、シミュレーションの結果もそのことを裏付けているものでした。ミサイル防衛の効果は、小規模なミサイル攻撃に対してのみ有効であり、大規模なミサイル攻撃に対しては迎撃ミサイルの不足に直面し、処理できなくなる可能性が高いというものでした。
つまり、中小国のミサイル攻撃であれば、経済的能力の制約から軍隊に配備できる弾道ミサイルの数が限られるため、自然と防御者が対処すべき再突入体の数も少なくなります。ミサイル防衛システムを準備し、ある程度の数の迎撃ミサイルを配備すれば、十分な効果が期待できることが計算から確認されました。
しかし、経済的能力が大きい大国は軍隊に大量の弾道ミサイルを配備し、攻撃の際にはそれらを集中的に使用することが想定されます。ミサイル防衛システムは再突入体をそれぞれ100%の確率で迎撃できるわけではないため、攻撃者が1基の弾道ミサイルを整備するごとに、防御者はそれ以上の迎撃ミサイルを整備しなければなりません。これはミサイル防衛が強化されたとしても、経済力がある大国であれば弾道ミサイルの追加的増強で容易に対処することが可能であることを意味しています。
この論文の著者らは、もしミサイル防衛を配備して軍拡競争が発生したとしても、攻撃者が弾道ミサイルを増やし続けたならば、防御者が同じペースで迎撃ミサイルを増やし続けたとしても、ミサイル防衛によって、ミサイル攻撃に対処することは難しくなることを数値的に確認することができました。
結論として、著者らはミサイル防衛が抑止の安定を損ない、軍拡競争を引き起こす効果はほとんどないと評価しています。
執筆:武内和人(Twitterアカウント)