METT-TCとは何か、いかに発達したのか

METT-TCとは何か、いかに発達したのか

2020年1月28日投稿

はじめに

第一線部隊の指揮官が状況判断で何を考えるべきなのでしょうか。この問題は戦術学の研究者の間でさまざまな議論が重ねられています。もともと戦闘に影響を及ぼす要因は複雑多岐にわたるため、状況の構成要素を分類、分析する方法が必要とされていました。

今回は、現代において最も広く知られているMETT-TCについて取り上げます。METT-TCでは、状況を分析する上で着目すべき要素が任務(Mission)、敵情(Enemy)、地形・気象(Terrain and weather)、部隊(Troops and support available)、時間(Time)、そして民事考慮事項(Civil consideration)の頭文字を並べたものであり、これらの要素を網羅することによって適切な状況判断が可能になると考えられています。

以下ではMETT-TCが具体的にどのように使われるのか、どのような経緯で発展してきた解説したいと思います。

METT-TCとは何か

METT-TCは中隊や小隊のような小規模部隊の指揮官が状況判断で重要な要素を見落とすことを防ぐことに役立ちます。中隊や小隊には幕僚が配置されていないため、これらの部隊の指揮官はMETT-TCにおいて検討すべき項目をよく理解し、正しく状況を判断することが期待されます。

任務

最初の任務(Mission)で考慮すべきは、上官から与えられた自分の任務だけではありません。通常、任務の分析では二段階上位に当たる指揮官の任務を理解する必要があるとされており、それを踏まえて自身の上官の任務、そして自身の任務を系統的に位置づけて理解します。

このような分析を行うことによって、自分が指揮官として必ず達成しなければならない必成任務と達成することが望ましい望成任務を明確にすることができます。

敵情

次の敵情(Enemy situation)が具体的に指しているのは敵部隊の教義、編成、装備、配置、勢力、能力、予測される増援の能力、選択可能な行動方針です。中隊長は、大隊本部から与えられた状況図に示された情報によって、これらの項目を検討し、大縮尺の地図の上で個別の部隊、火砲、車両の位置を確定、あるいは推定していきます。上級部隊から与えられた情報だけで敵情を判断できない場合は、中隊が独自の情報活動を遂行することになります。

地形・気象

地形・気象(Terrain and weather)では、それぞれを下位要素に分けて分析します。地形の分析では障害(Obstacle)、接近経路(Avenue of approach)、緊要地形(Key terrain)、視界・射界(Observation and field of fire)、掩蔽・隠蔽(Cover and concealment)の5要素に区分し、これらの頭文字をとってOAKOCと総称します。

障害の分析では、戦術の単位となる規模の部隊が通過できない場所を特定しますが、例えば歩兵部隊と戦車部隊では障害となる地形に違いがある点に注意しなければなりません。また大規模な建設力を投入して部隊が移動できない地形を移動できるように改修する場合もあります。さらに注意を要するのは緊要地形の分析であり、これは占領確保することによって、戦闘において決定的に有利になることが認められる地形を指します。例えば、幹線道路が合流する地点は、渡河が難しい大河に架けられた橋梁、射撃陣地に適した場所などがこれに該当します。

接近経路は戦闘部隊が機動できる緊要地形を結ぶ経路を指しています。戦略あるいは兵站の観点から考えられる経路とは異なり、戦術の接近経路では戦闘部隊の機動に適しているかどうかによって判断されます。師団1個の戦闘機動なら大隊3個以上が、大隊1個の戦闘機動なら小隊3個以上が同時に機動できる程度の容量が接近経路には必要と見積もられます。原則として、指揮する部隊から見て二段階下位の部隊が同時に機動できるかどうかが基準となります。

視界・射界の違いは部隊が使用する武器の有効射程によって変化します。ある地点の視界で敵の姿を捉えることができたとしても、武器の有効射程が小さくなるほど、その敵に対して射撃を加えることは難しくなります。掩蔽は敵の射撃から防護されていることを意味しますが、隠蔽は敵に発見されない性質を意味します。歩兵部隊と戦車部隊で比較すると、装甲で防護された戦車は掩蔽よりも隠蔽の方が利用価値が大きくなる傾向がありますが、そうではない歩兵は掩蔽の方が重要です。

気象の分析については視程、風、降水量、雲量、温度・湿度の5項目に分けて考えます。視程は地形分析における視界の分析との関連で考慮する必要がありますし、風に関しては煙幕の効果やヘリコプター、飛行機の運用で影響が生じてきます。降水量が変化すれば、河川の水量も変化することはもちろんのことですが、レーダーなど一部の装備が本来の性能を発揮できなくなるという技術的な問題が出てきます。温度や湿度に関しては例えば熱帯地や極寒地のような厳しい自然環境で活動する部隊の人的戦闘力を制限する要因として作用します。

部隊

この項目の分析では、戦闘に投入可能な部隊と支援を正しく判断し、戦闘力を適切に評価することが重要です。部隊の規模や、装備の種類と性能といった有形の要素だけでなく、兵士の規律・士気・団結、戦闘の経験や訓練の状況、隷下の指揮官が有する技能や知識のような無形の要素も考慮しなければなりません。

つまり、部隊の戦闘力には定量的な調査が可能な部分もあるものの、有形無形の戦力要素を合わせた総合戦闘力として分析する場合には定性的な判断に依拠しなければならない部分も多く、しかも個別で見れば小さな要因であっても、それらが組み合わさって相乗効果をもたらすという場合があることも念頭に置いておくことが求められます。

戦闘力の調査で一般に着目すべきとされる項目としては、機動力、火力、防護力が基本として挙げられます。機動力とは、敵に対して有利な態勢を占め、戦闘力を発揮しやすくするために部隊が移動する能力であり、先に述べた地形の分析(特に障害の研究)を踏まえて判断する必要があります。

火力とは敵の部隊や装備を殺傷あるいは破壊し、敵の組織的な活動を妨害するだけでなく、味方の機動を促進する能力です。火力に関しては使用する武器によって効果が異なるため、対地火力、対空火力、対海上火力と区別しておきます。これは目標の特性に応じた火力を指向する必要があるためです。

最後の防護力とは、敵の火力から部隊や装備を保護する能力ですが、これは必ずしも掩蔽や隠蔽に限定して考えるものではありません。部隊の分散や陣地の変換といった処置によって防護力を向上させることができる場合もあります。装甲防護力を備えた戦車部隊は歩兵部隊に比べて高い防護力を持つと考えられていますが、歩兵部隊であっても築城工事の能力に優れた工兵の支援を受けているのであれば、一概に防護力において劣るとも限らないのです。

時間

後述するように、時間(time)はMETT-TCの中でTCの部分は後から追加された項目です。これは時間が差し迫る中で部隊を指揮する必要がある場合を想定した要素であり、命令の下達、戦闘の予行、支援火力の展開、弾薬の準備などに所要の時間をすべて状況判断の中に組み入れるための措置です。

METT-TCを導入している米軍では、指揮官が自分に与えられた時間を正しく見積もり、その3分の1の時間で状況判断と決心を終わらせ、残りの3分の2の時間を部下のために回さなければならない、ということが原則とされています。したがって、上級部隊から命令を受領した指揮官が真っ先に始めるべきは時間の見積もりであり、その後で下級部隊が移動、予行、偵察、補給、調整などさまざまな準備を終わらせるまでの時刻を考慮しながら状況を判断しなければなりません。

民事考慮事項

民事考慮事項(Civil Consideration)も、METT-TCでは時間と同じように後から追加された項目であり、作戦地域における非戦闘員の施設、組織、人員が考慮されます。

具体的な検討項目としては、地域(Area)、病院や教会などの施設(Structure)、現地で受けることが可能な接受国支援などの能力(Capability)、地方自治体や人道支援団体などの組織(Organization)、現地に存在する住民(People)、そして予定されている行事や祭事などの出来事(Event)があり、これらの頭文字をとってASCOPEと呼ばれています。

特に非正規戦争における対反乱作戦や対テロ作戦のような場面において、民事考慮事項を状況判断に組み入れることは重要な意味を持っており、例えば砲迫支援や航空支援を活用する場合には、周辺の住民に与える被害状況について検討します。

どのようにMETT-TCは発達したのか

METT-TCが分析や分類の手法として採用された経緯に関しては、これまでの研究でも十分な調査が行われているとは言い難く、不明点が数多く残されている状況です。しかし、このMETT-TCが初めて米軍の教範で登場した年月日を特定することは比較的容易であり、それは2001年6月14日のことです。

この日に改定された米陸軍の野戦教範『作戦』において初めてMETT-TCが公式に採用されており、現在に至るまで米軍の教育訓練を通じて普及しています。しかし、それ以前においても米軍はMETT-TCからC(民事)を除外したMETT-Tを使用していた時期があり(エアランド・ドクトリンを採用していた時期に該当します)、さらに時代をさかのぼると、末尾のT(利用可能な時間)を除外したMETTが使用されていた時期があることも確認できます。

著者が文献調査を行った結果によれば、METTが使われている最も古い例はロバート・リンド(Robert F. Lynd)とウェズリー・シュル(Wesley B. Shull)が1958年に米陸軍歩兵学校の機関紙『インファントリー(Infantry)』誌上で発表した図上戦術の問題です(R. F. Lynd and W. B. Shull. 1958. How Would You Do It? Infantry, Vol. 48, No. 4, pp. 42-46.)。

そこで彼らは迅速に状況見積を作成する技法として、任務(Mission)、敵情(Enemy situation)、地形(Terrain)、指向可能な部隊(Troops available)を列挙しています。著者らはMETTに関して先行する文献を示しておらず、またこれ以前の米軍の資料でMETTが使用されている文献が現時点で確認できません。状況から判断して、歩兵学校の戦術教育で指導されていた方法が原案だったと推定されますが、この点に関してはさらに広範な調査が必要でしょう。

まとめ

METT-TCは米軍で長年にわたって使われてきたものであり、特に戦術教育における有用性が広く理解されています。戦闘に影響を及ぼす要素は非常に多く存在するため、このようなテクニックを使わなければ、経験が浅い指揮官は何を考えればよいのかも分からず、判断を誤ってしまうでしょう。

METT-TCは研究が進むにつれて発展してきたという歴史があることも上述した通りです。1958年から2001年までの43年間に米陸軍でどのような調査研究が進展していたのかについては明らかではない点も多く、さらにさかのぼって調査を行う必要も出てくるかもしれません。

このような歴史を踏まえれば、近い将来にMETT-TCに新たな要素が追加される可能性も否定はできないでしょう。しかし、METT-TCの中心となる考え方、つまり状況判断を体系的に行うための思考過程が放棄されるとは考えにくく、これからも引き続き戦術を学ぶ人の手助けになるはずです。