中隊長の仕事はあまりにも忙しすぎる

中隊長の仕事はあまりにも忙しすぎる

2020年2月15日投稿

はじめに

アメリカでは常日頃から陸軍の改革に関する調査研究が数多く行われていますが、その中には管理上の問題があることを指摘するものも少なくありません。その中には、アメリカ陸軍で中隊の業務が際限なく肥大化し、そのために中隊長が慢性的に長時間労働を強いられていると報告するものもあります。

陸軍の編制において中隊とは、大隊の下位、小隊の上位に位置づけられる部隊であり、時代や地域によって規模はさまざまに異なるのですが、同一の兵科(職種)の小隊2個以上、人数としては100名前後で構成されています。

中隊長は平素からこの中隊の訓練を計画、実施し、有事に任務を遂行する準備を整えておくことが要求されますが、その業務は複雑かつ膨大であり、陸軍の内外から仕事量が過剰になっているのではないかと問題視されていました。

今回は、この中隊長の労働環境について詳細な調査を行ったランド研究所の報告書を取り上げ、その内容の一部を紹介してみたいと思います。

文献情報

  • Lisa Saum-Manning, et al. 2019. Reducing the Time Burdens of Army Company Leaders, Research Reports, Santa Monica: RAND Corporation. https://doi.org/10.7249/RR2979(外部リンク:RANDホームページ)

要求が増え、資源が減れば、仕事は頓挫する

この研究では、中隊長の仕事を分析するために、産業組織心理学のモデルが使われています。ある産業組織の中で働く人々が感じるストレスを考える上で有用なモデルとして、仕事要求資源モデル(Job Demands-Resources Model, 以下JD-Rモデル)というものが知られています(詳細については Demerouti, E., Bakker, A. B., Nachreiner, F., & Schaufeli, W. B. (2001). The job demandsresources model of burnout. Journal of Applied Psychology, 86 , 499–512.を参照)。

JD-Rモデルは、仕事を与えられた個人が仕事に取り組む態度を決める条件として「仕事の要求(job demands)」と「仕事の資源(job resources)」という二つの条件が重要と説明します。簡単に言ってしまえば、「仕事の要求」が増すほど仕事のストレスは増大し、労働者の健康状態の悪化や離職率の上昇をもたらします。しかし、要求に応じた「仕事の資源」、例えば部下となる人員、あるいは生産性を向上させる装備や設備が強化されれば、仕事への取組みを改善し、労働者のストレス反応も軽減します。

このJD-Rモデルを基礎に置くことで、この報告書の著者らは中隊長が直面する「仕事の要求」と、中隊長が活用できる「仕事の資源」の実情を調査しています。その結果として分かってきたのは深刻な状況であり、中隊長の主体的に仕事に取り組むことが難しい状態に置かれていると評価されています。

慢性化している長時間労働と過剰な要求

研究チームはアメリカ陸軍の駐屯地3カ所を訪問し、120名の関係者と面接調査を行いました。その結果をまとめると、アメリカ陸軍で中隊長が1日当たり仕事に従事する時間の平均値は12.5時間であり、これには在宅で実施している仕事も含まれていました(Lisa Saum-Manning, et al. 2019: 12)。

現在の労働環境では、ほとんどの中隊長が家族や友人との時間を捻出することが不可能だと証言しており、余暇を持てず、家庭や社会で孤立しやすい様子が浮き彫りになっています(Ibid.: 12-3)。最悪のケースを調べたところ、1日平均18時間勤務している場合があることも確認されており、明らかに改善を要する状況だと言えます(Ibid.)。

この調査で発見された事実は、中隊長の勤務時間が必ずしも任務遂行に直接寄与しない方面に多く配分されているということです(Ibid.: 13-15)。中隊長が任務に深い関係がある仕事と、そうではない仕事をどのように考えているのかを調査したところ、組織として必須とされている陸軍共通訓練は、多数の中隊長から役に立っていないと判断されているだけでなく、中隊から多くの時間を奪っていると認識されていたことが分かりました(Ibid.: 14)。

さらに、駐屯地の施設の維持に関する業務、中隊の上級部隊から与えられる業務を合わせた3点に関しては、費やさなければならない時間が多いにもかかわらず、任務遂行にとって本質的に重要ではないものと見なされています(Ibid.)。このような仕事で消耗した中隊長は、指揮官としての自己評価も低く、上級部隊の言いなりになっている状態にうんざりしています(Ibid.: 14)。

業務を立て直そうとしても、仕事の要求に対して中隊長が使用できる資源はひどく制限されていることも分かっています。とある中隊長は「陸軍がオンライン、デジタル機器の訓練を行おうとしていることはいいと思うが、30名から40名からなる小隊のほとんどに2台しかコンピュータがない。私の中隊では、より多くのコンピュータを使うことができるものの、どれも十分にインターネットに接続されていない。ITの設備は任務の支援には不十分だ。コンピュータは無線に対応しておらず、どれも旧式化している」と証言しています(Ibid.: 19)。これは典型的な要求と資源の乖離であり、中隊長が主体的に創意を発揮し、仕事に取り組むことができないと思うのも無理はありません。

長時間労働が常態化しているため、一部の中隊長は上級部隊から押し付けられる仕事の要求を、いかに最小化するかに努力を傾けるようになっていることも指摘されており、上級部隊に嘘の報告を行う場合があるようです。もはや上級部隊に対する信頼は失われており、それぞれの中隊長が可能な限り目の前の仕事を円滑に進めることを優先するようになってしまっています。

むすびにかえて

報告書の結論として著者らは中隊の業務を全面的に見直す必要があると主張しており、まず本当に必要な業務に優先順位をつけるように提案しています。仕事に明確な優先順位をつけることにより、複数の仕事が競合した場合に、中隊長が何を優先すべきかをはっきりさせなければ、仕事は永遠に終わらず、長時間労働も解消できません。

さらに中隊長に合理的な水準の資源を与えるべきであり、自律的、主体的に職務を遂行できるように、体系的な管理を強化しなければならないとも勧告されています。中隊が本来の形で機能し、適切な教育訓練を実施することができなければ、戦時に任務を遂行することができるはずもありません。

この報告書で示された結論には何ら驚くべき要素がなく、どれも常識的な提案です。しかし、それがこれほどまでに真剣に必要とされている状況にあることは驚くべきことでしょう。もちろん、部隊の状況はそれぞれに異なるため、この報告書で全部の中隊が同様の状態にあると断定できませんが、2019年に実施された外部機関の調査結果であることを踏まえると、アメリカ陸軍の内情をある程度の正確性で反映していると考えるべきでしょう。

アメリカ陸軍は2017年にドクトリンを改定し、従来の対テロ作戦を重視する態勢から大国間紛争を想定した大規模戦闘への態勢に転換しようとしている最中なのですが、それが所望の成果を上げるのか、今後も注意して見守る必要があるでしょう。