戦術学の名著『歩兵は攻撃する』

戦術学の名著『歩兵は攻撃する』

2019年7月11日投稿

はじめに

第一次世界大戦、第二次世界大戦で活躍したドイツの陸軍軍人エルヴィン・ロンメルは、その優れた戦術能力を戦場で発揮するだけでなく、自らの経験を書き残したことでも多くの研究者や軍人の注目を集めてきました。

彼の著作『歩兵は攻撃する』は第一次世界大戦でロンメルが一下級士官として歩兵部隊を率いていた時期の戦闘経験について述べており、当時のドイツ軍の小部隊戦術を知ろうとする人にとって示唆に富む内容になっています。

今回の記事では、『歩兵は攻撃する』を紹介するため、その構成な内容を概説した上で、軍事学における意義について考えたいと思います。


構成と内容

ロンメルの著述はドイツが第一次世界大戦で開戦を決断する前日の1914年7月31日から始まっています。当時の所属はヴァインガルテン駐屯地の第一二四歩兵連隊です。

8月18日にロンメルは指揮をとる小隊と共にルクセンブルクを通過してベルギーに侵入し、そこでフランス軍の部隊との実戦を初めて経験することになります。

それから1918年1月に第一線を退いて最高司令部への転属を命じられるまでの間、ヨーロッパ大陸の各地で小隊、中隊、大隊を率いて数多くの戦いに参加しました。この著作の部構成は以下の通りです。

  1. 「ベルギーおよび北フランスにおける機動戦、1914年」

  2. 「アルゴンヌの戦い、1915年」

  3. 「ヴォージュ山脈陣地戦、1916年」

  4. 「南東カルパチア山脈の戦い、1917年8月」

  5. 「トールミン攻撃会戦、1917年」

  6. 「タリアメント川、ピアーヴェ川追撃戦、1917年、18年」

ロンメルは非常に攻撃的で大胆な行動に出ることを恐れない戦術家でしたが、この著作を読んだ人はその戦術が常にリスクを伴うものだったことに気がつきます。このことは1914年8月下旬のブレド村でのロンメルの戦い方によく表れています。

当時、大隊の先遣隊としてブレド村に向かっていたロンメルの小隊は、深い霧で敵の散兵と接触した際に、上級部隊である中隊との連絡がとれなくなってしまいました。

しかし、霧の中でもロンメルは敵の方向へ前進し続け、ブレド村を守備していたフランス軍に攻撃を加えます。この時にロンメルは4名の部下を連れて村にいる敵情を探るために斥候に出ましたが、威力偵察として村の中に突撃した際には猛烈な防御射撃を受けて、危うく命を落とすところでした。

いったん退却して身の安全を期しますが、その後もロンメルは中隊と連絡がとれないままブレド村の攻撃を続行し、多くの犠牲を払いながら敵の守備隊を撃滅しています。

戦闘中に発生した火災によって窒息しかける場面もありましたが、その後も味方との連絡が途絶したままロンメルは独断で前進を続け、敵部隊の後方に進出して高地を確保するなど、リスクを積極的にとる行動に出ています。

結果的にロンメルは先遣隊として大隊主力の前進を掩護することに成功するのですが、ロンメルの小隊からは小さくない損害が出たことも述べられています。

これはまだロンメルに実戦の経験があまりなかった初期の戦闘の記述ですが、ロンメルの驚くべき大胆さはその後の戦いでも一貫して高い水準で保たれており、戦場において勝利を収めるために、どれほど大きな危険を冒していたのかが率直に語られています。

刻々と変化する戦況に即応し、速さで敵の行動を制することの重要性や、地形や敵情の詳細な観察、部隊の移動経路の選定や射撃計画の立案といった基礎的な作業も含め、ロンメルが発揮する小部隊を戦闘で巧みに運用する能力は読者に強い印象を与えます。


研究上の意義

発表された当初、『歩兵は攻撃する』は個人的な戦記として読まれていましたが、戦間期から第二次世界大戦にかけて海外でも翻訳されたこと、著作の中でロンメル自身が戦闘で採用した自分の小部隊戦術について、各章ごとに考察を行うなど教育的、研究的考慮が見られることから、戦術学の古典的な文献として見なすこともできます。

実際、この著作で語られている歩兵中隊の運用は現代の観点から見ても参考になる点が多く、第一次世界大戦で確立された歩兵戦術がその後の戦術にどれほど大きな影響を及ぼしてきたことを再確認することができます。

注目されるのはロンメルの小部隊戦術が訓令戦術(auftragstaktik)、すなわち任務を付与し、それを遂行する方法を一任するという方法を最大限に駆使して戦っていることです。これによって、ロンメルはより柔軟かつ動的に小部隊を運用することが可能でした。

訓令戦術の先駆者はプロイセン軍の参謀総長だったヘルムート・フォン・モルトケですが、ロンメルが独創的だったのは、これを小部隊戦術のレベルで実践することが可能であることを実証したことです。

第一次世界大戦のドイツ軍は陸上戦闘で数多くの画期的な戦術的革新を成し遂げたと評価されています(Zabecki 2006; Gudmundsson 1995)。

ロンメルの著作が出されたのは第一次世界大戦が終結した後のことですから、彼の小部隊戦術の思想が当時の研究動向に与えた影響を過大に評価すべきではありませんが、戦術の歴史が大きな転換点を迎えていたことを示す文献だと思います。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


参考文献

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