軍隊の規模や装備だけで軍事力の優劣を正しく評価できるわけではない

軍隊の規模や装備だけで軍事力の優劣を正しく評価できるわけではない

2019年10月11日投稿

はじめに

アメリカの政治学者スティーヴン・ビドルは安全保障を専門にしており、2004年にプリンストン大学出版局から出された著作『軍事力(Military Power: Explaining Victory and Defeat in Modern Battle)』で高い評価を受けました。

今回は、このビドルの著作を取り上げ、軍事力の質や量といった要因だけを見ていても、戦争の結果を正しく予測できるわけではないと指摘した議論を紹介したいと思います。

軍事学では軍事バランスを判断するために敵と味方の勢力の数的優劣や技術的優劣を考慮することがよくありますが、その方法には確固とした根拠が欠けているとビドルは批判しています。

軍事力は根拠が乏しい方法で評価されてきた

ビドルの著作『軍事力』の「第2章 弱い根拠の上に構築された文献(A Literature Built on Weak Foundations)」では過去の学術研究、政策論争で用いられた軍事力の評価手法が適切な根拠に裏付けられていなかったことを問題として提起しています。

最も古典的な手法として、軍事力の数的優劣を評価するという手法がありますが、これは人口、経済規模、軍事要員、軍事予算の規模が増加すればするほど、戦闘において優位に立てるという考え方を大前提に置いています。この思想には長い歴史があり、あのナポレオンも数的に優勢な部隊の方が戦場で敵に対して優位に立てると考えていました。

この発想をさらに拡大させたものとして、戦場で防御を固める部隊に対して攻撃を成功させようとすれば、少なくともその3倍の戦力が必要であるという経験則もよく知られています。

しかし、ビドルはこうした見解が厳密に検証されたことがなかったと指摘しており、その議論を戦略の原則と見なせるかどうかをめぐって冷戦期に西側で議論になったことも紹介しています。

数的優劣とは別の議論として、技術的評価を持ち込む手法があります。

この手法には二つのパターンがあり、一つは特定の時期に世界的に普及した軍事技術の動向に注目するもの、もう一つは二国間の軍隊の装備に見られる技術的優劣に注目するものがあります。1945年以降の核兵器の拡散といった世界規模で科学技術の影響を見る際には前者の手法を、二国間の軍事力を比較する際には後者の手法を用います。

後者の具体的な例として、冷戦期にアメリカ軍がヨーロッパ大陸に配備されたソ連軍に対して、部隊の数的規模では劣勢だが、技術的優位でその不利を相殺できるという議論が出されたことがあります。アメリカ軍は装備の性能でソ連軍よりも優れたものを使用しているため、部隊の規模で劣勢でも結果として勢力は拮抗すると予測されました。

この手法は二国間の軍事技術の優劣を比較するものであり、オペレーションズ・リサーチの研究で知られるフレデリック・ランチェスター(Frederick W. Lanchester)の理論でも、単位時間当たりに敵と味方の各戦力が相手に与えることができる消耗の大きさを考慮する形で受け入れています。

しかし、やはりこの手法の根拠も厳密に検証されたことはなく、ランチェスターの理論に関しても実証的妥当性が確認されているわけではなく、より慎重な判断が必要だとビドルは論じています。

戦力の量や質で戦いの結果を予測することは想像以上に難しい

数的優劣で軍事力を評価する妥当性を判断するため、ビドルはミシガン大学における「戦争の相関関係(Correlates of War, COW)」プロジェクトが提供しているデータを使いました。(The Correlates of War Project HP:http://www.correlatesofwar.org/ )外部リンク

このデータを使用しながら、ビドルは1900年から1992年までの戦争での勝敗を正しく予測できるかを調べました。具体的には(1)国民総生産(Gross National Product, GNP)、(2)人口、(3)軍事要員、(4)軍事支出、そしてそれらを総合した(5)物的国力指数(Composite Index of National Capability, CINC)の5点の要因にそれぞれに着目し、その中で戦争の勝敗を正しく予測できる確率が最も高かったのは(1)の国民総生産であることを確認しました。その予測的中率は62%です。

2位が(4)軍事支出であり、その優劣から戦争の結果が正しく予測できたのは57%であり、3位の(5)総合国力指数は56%とほとんど差はありませんでした。それ以外の要因についても人口の優劣で予測を立てた場合でも52%、軍事要員の規模で予測しても49%の確率で正しい結果を出したとされています。

これらの要因を平均すれば、およそ2回に1回程度の割合で数的優劣は戦争の結果を正しく予測できますが、ビドルは予測の的中率が5割程度しかないのであれば、コイントスで適当に予測した場合とあまり大きな差がないと指摘しています。

装備の性能といった技術的要因で戦争の結果を考える場合も同じような問題があります。

ビドルは技術的要因が戦争の展開に与える影響は過去の研究でもはっきりと確認できていないと指摘しました。そもそも、軍事技術の発達が軍事行動の結果にどれほど影響を及ぼすことができるかについては、データの収集や実証的な研究が不十分な段階にあり、結論を出せるような状況ではありません。

そもそも、軍事技術は戦闘の様相を変えることはあるとしても、より戦争の様相を変えるほどの影響があるのか疑問があります。例えば1900年から1990年までにさまざまな交通手段が発明され、戦場に導入されたにもかかわらず、軍の前進速度はナポレオン戦争の時代からほとんど変化していないことが過去の研究で分かっています。

ナポレオン戦争における軍の大部分は徒歩行進で前進しており、1日当たり前進できる距離は平均すると19.5キロメートル程度でした。その後、自動車が登場し、歩兵も車両で移動できるようになりましたが、1960年でも1日に前進できる距離は平均して21.2キロメートルにしか改善されていません。

このことはヘルムボルド(Robert Helmbold)の研究によって明らかにされており、装備の性能が直ちに軍隊の作戦行動の効率性を変えるわけではないことが確認されています。ビドルはこうした結果を踏まえれば、軍事技術の優劣について正しく判断ができたとしても、それが戦争の結果にどこまで影響を及ぼすのか結論を出せる状況にはないと論じています。

むすびにかえて

以上の考察の結論として、ビドルは数的優劣や技術効率を考慮するだけでなく、軍事力の運用に着目し、それら3者を総合的に分析する必要があると論じています。

ビドルが特に高い評価を与えているのがミアシャイマー(John Mearsheimer)、スタム(Allan Stam)、レイター(Dan Reiter)、ベネット(D. Scott Bennett)であり、彼らは戦争がどの程度持続するのか、どのような結果で終わるのかを説明、予測する上で、採用された戦略を分類することが有効であることを研究で明らかにしてきました。

ビドル自身も、戦力の量や質に頼るのではなく、その戦力をどのように運用することができる体制にあるのか、その指揮統制体制、ドクトリンの内容などを研究することが重要ではないかと論じています。数的優劣や技術効率に注目した手法の限界を認識し、運用の要因をも考慮に入れた包括的なアプローチをとらなければ、軍事バランスを正しく評価し、戦争の結果を予測することはできないというのがビドルの見解です。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント

(Photo: U.S. Department of Defense)

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