ヴァルフォロミフ

ヴァルフォロミフ

ニコライ・ヴァルフォロミフ(Nikolai Efimovich Varfolomeev, Николай Ефимович Варфоломеев, 1890年9月29日 - 1939年5月8日)はソ連の陸軍軍人である。

サラトフ州の商人の家に生まれる。1908年に陸軍士官学校に入校し、1910年に砲兵科の将校となる。1914年に第一次世界大戦が勃発した際には、第11砲兵旅団の一員として東部戦線に派遣された。1916年に第24軍団の司令部で幕僚として勤務し、その能力が認められ、幕僚教育を受ける機会を得た。1917年にロシア革命が勃発したときには第24軍団の司令部に戻ったが、1918年に赤軍に志願し、ロシア内戦で第7歩兵師団の師団長をはじめとする要職を歴任した。1923年に秘密漏洩事件で逮捕されたが、1925年に釈放され、陸軍大学校で戦略と戦術を指導する教官となった。スヴェーチンが提唱したばかりだった作戦術の概念をいち早く取り入れた新しい軍事理論の研究に取り組み、トリアンダフィーロフと共に縦深打撃の研究で成果を残していることが評価された。1937年に教官の地位を去り、ヴォルガ軍管区の副司令官を務めたが、1939年に大粛清で処刑された。スターリンの死後に名誉を回復している。

著作

  • Варфоломеев, Николай Ефимович. 1933. Ударная армия: 1918: на Западном фронте: мировая империалистическая война: германские наступления. Военное изд-во.