現代の軍事学者が考えるジョミニの研究の4つの問題点

現代の軍事学者が考えるジョミニの研究の4つの問題点

2019年9月14日投稿

はじめに

スイス出身の軍人アントワーヌ・アンリ・ジョミニは19世紀のヨーロッパで最も名が知られた軍事学者の一人です。

彼はナポレオン戦争(1804~1815年)においてナポレオン一世が率いるフランス軍に加わって戦い、戦後はロシア軍で顧問として軍事学の指導に当たりました。

戦略学において作戦線(line of operation)に依拠した戦略の原則を考察した業績が有名であり、例えば内線作戦・外線作戦のように戦域における軍の行動を類型化した上で、どのような作戦線を採用すれば最も有利なのかを分析することを重視していました。詳細は過去の記事「学説紹介 シンプルで奥深いジョミニの戦略思想」(安全保障学を学ぶ)をご確認ください。

今回は、ジョミニの説を批判した現代の研究を取り上げ、そこにどのような問題点があったのかを紹介したいと思います。

ジョミニは戦略の研究で何を主張したのか

ジョミニの戦略思想の特徴は、その単純明快な原理原則を重視する姿勢です。彼は戦域における野戦軍の作戦を指導するときには、次のような判断基準を適用すればよいと主張しました。

「戦争における全ての作戦の基礎には一つの根本原理が存在する。優れた作戦を立案するに当たって、それは必ず準拠しなければならないものであり、以下のような原則がある。

(1)我の後方を掩護しながら、その戦域の決定的地点または敵の後方に対して我の軍の主力を、戦略機動で可能な限り継続的に指向すること。

(2)我が軍の主力が敵軍の一部と交戦するように機動すること。

(3)戦場において敵軍を打破するために最も重要な決定的地点または前線の部分に対して主力を投じること。

(4)単に決定的地点に対して我が軍の主力を投じるだけではなく、適当な時期に十分な戦力で交戦する準備を整えること」(Jomini 1862: 70、著者訳)

これら4つの原則から分かるように、ジョミニは戦略をある種の幾何学の問題のようにモデル化しており、敵軍の作戦線を遮断するために我の軍を機動させることが最も重要な原則であると定式化しました。

これによって我が軍の主力で敵軍の部隊を各個に撃破することが可能になると考えました。重要なのは、これらの事柄が「普遍的」、「一般的」な原則であると主張したところであり、ここがジョミニの説の特異な点だといえます。

ジョミニの研究に対するさまざまな批判

冒頭でも述べた通り、19世紀における軍事学史においてジョミニの影響力は非常に大きなものがありました。しかし、例えばクラウゼヴィッツのようにジョミニの見解に異議を唱え、彼の研究があまりにも理論的に偏っているなどと批判した研究者もいました。

こうした批判の重要性が認識されるようになったのは、20世紀以降に戦略の研究が進んだためであり、ここで示すジョン・シャイのジョミニ批判もその流れをくむものです。

シャイはジョミニの研究に対して加えるべき批判を4つに区分して読者に提示しています。

第一の問題点は、ジョミニは自らの原則に合致しない事例の検証を可能な限り避けたということです。

例えば、ジョミニはナポレオンが得意とした内線作戦、つまり我の作戦線を敵に対して内方に保持して掩護し、複数の方向から接近する敵軍を各個に撃破する作戦の利点が自分の原則に合致することを強調していました(シャイ、155頁)。

しかし、1794年の戦役でフランス軍があえて内線の優位を敵のオーストリア軍に明け渡したにもかかわらず勝利を収めた事例については自分の立場を脅かすものとして見なし、それらを「疑問や批判の先取りとしてのみ論議した」とされています(道場、156頁)。

第二の問題点は、ジョミニは国・軍隊ごとに異なる編成、装備、訓練、規律の影響を考慮しなかったことです。

ジョミニは分析に関連する要因を少なく保つため、同じ規模の部隊は基本的に同等であり、同様の装備を持ち、同様の訓練を受け、同様の補給を受けていると想定し、司令官の戦略的意思決定だけを関心の対象にしました(同上)。

運用する戦力の価値が常に均一だと想定したため、ジョミニの理論は非正規戦争のように優劣の差が大きい状況に適用できないという問題がありました(同上)。

また、ジョミニの理論は技術革新が戦闘効率に与える影響を軽視したので、プロイセンの軍事的台頭、第一次世界大戦、第二次世界大戦、その後の冷戦期の革命戦争に適用できないとも指摘しています(同上)。

第三の問題点は「科学的分析」に適した対象と、そうでない対象の区別が混乱していることです。

ジョミニは戦争に科学的分析に適した部分と、そうではない部分があると考えていましたが、両者の境界がどこにあるのかを明確に理解していませんでした。これは分析単位の問題であり、戦略と戦術の区別の難しさと関連しています。

シャイによれば、ジョミニの戦術に関する議論は「最悪の誤り」とさえ評価されており、次のように述べられています(同上、157頁)。

「軍事作戦の各レベルの間の重要な差異を曖昧にし、下級の部隊が十分な根拠のある戦略計画に基づいて行動する大きな部隊の一部である場合には、受動的に防御し、その部隊を分割し、あるいは背後を暴露しても問題がない場合がある、ということについての判断を、どうにもならないほど混乱させてしまった」(同上)

第四の問題点は、戦争目的を暗黙のうちに領地の拡大に限定したことです。

シャイのジョミニに対する批判で興味深いのは、ジョミニが唱えた戦略の原則がいずれも領地の獲得を目指すことを暗黙のうちに前提に置いているとの指摘です。

クラウゼヴィッツの理論とは異なり、ジョミニの理論では戦争目的が常に国家の領域的拡大であると想定されていたとシャイは理解しており、次のように述べています。

「敵軍隊を攻撃することは戦略の要諦であるが、その目的はどこにあるのか? 彼は撃破された敵に対する容赦ない追撃を強調しているにもかかわらず、ジョミニの著作には軍事闘争の真の目的は地域の支配であることを示す部分が多い」(同上、157-8頁)

これは非常に重要な批判であり、ジョミニの戦略理論を適用できる範囲は、戦争目的が領土的要求として定義できなければならないということを明らかにしています。

しかし、クラウゼヴィッツの研究が明らかにしたように、戦争目的は政策決定によって多種多様であり、それによって戦争の遂行の仕方も変化すると考えなければなりません。

ジョミニも戦争が多様な形態をとることを理解していましたが、それが自らが主張する戦略の原則の妥当性を揺るがす可能性を十分に認識していなかったのではないかと考えられます。

まとめ

ジョミニの研究が戦略思想史において重要な位置を占めていることは明らかです。米国の海軍軍人アルフレッド・セイヤー・マハンはジョミニに依拠して最初の近代的な海軍戦略の体系を打ち立てています。しかし、だからといって現代の軍事学者がジョミニの理論をそのまま鵜呑みにすることは禁物でしょう。

古典の価値を評価することは重要ですが、現代の視点からその限界を見極めることも必要なことです。作戦線という概念の有効性それ自体は失われていませんが、どのような作戦線を採用することが最も有利なのかという点に関するジョミニの議論については、慎重に検討される必要があります。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


参考文献

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