陸軍の師団を旅団に置き換える試みは失敗だったかもしれない

陸軍の師団を旅団に置き換える試みは失敗だったかもしれない

2020年8月18日

1990年代の後半から2000年代の前半にかけて、欧米諸国では陸軍の編制における師団(division)の機能と構造を見直し、より小型な旅団(brigade)へと置き換えることが議論されたことがあります。しかし、最近では旅団で師団と同等の役割を果たすことは難しいという見解も出されるようになっています。研究者のキング(Anthony King)は『指揮(Command)』(2019)と題する著作でこの問題を取り上げており、21世紀の戦争で旅団の限界が露呈したことを受けて、師団の意義が再評価されていると論じています。

21世紀の初頭に師団は時代遅れだと見られていた

21世紀初頭の欧米諸国、特に米国においては、もはや陸上作戦の戦術単位として師団は適当ではなくなったという見解が出されたことがあります。その議論の背景として1990年代の後半から2000年代の初頭にかけて、情報通信技術を駆使しながら軍隊の運用効率を向上させる軍事における革命(Revolution in Military Affairs, RMA)が推進されたことが関係しています。

当時、米軍では情報通信技術を応用した装備を導入することで、戦力の運用をより合理化することが可能になるという考え方が広まっていました。そのため、師団のような大部隊を抱えることは不要になったと見なされていました。冷戦後の安全保障環境では、2万名近くの師団ではなく、5000名程度の旅団を作戦単位とした方が、世界各地に迅速機敏に展開しやすいと考えられていたのです(King 2019: 28)。

当時、米陸軍軍人ダグラス・マクレガー(Douglas MacGregor)が出した著作『ブレイキング・ザ・ファランクス(Breaking the Phalanx )』(1997)は陸軍改革に影響力がありましたが、その中でマクレガーは鈍重な師団を軽快な旅団に置き換えるべきであり、大規模な国家間の戦争で必要とされた師団はもはや時代遅れになっていると主張していました(Ibid.)。

マクレガーの説によれば、新世代の通信ネットワークで部隊間の意思疎通を可能にすれば、火力の運用を最適化することが容易になるので、戦場に従来よりも広く兵力を分散しながら戦闘力を発揮することが可能になるとされていました(Ibid.: 28-9)。

このような議論もあり、2000年代初頭に米陸軍は作戦運用において旅団を重視するようになっていました。師団は残されてはいましたが、その役割はネットワークによって結ばれた旅団戦闘団を管理することに再定義されました。それまで師団の中に組み込まれていた砲兵、通信、後方支援などの機能が旅団に移され、旅団は独立して戦闘を遂行することが可能な部隊として設計されました(Ibid.: 29)。

新しい旅団を構成する部隊の自己完結性を強化し、必要に応じて別の旅団に柔軟に組み替えることができる「モジュール化」も推進しました(Ibid.)。2004年の『ミリタリー・レビュー』の記事では「モジュール化は新しい組織のパラダイムである」 と考えられていたためです(Ibid.)。

このようにして進められた陸軍改革の成果は2001年以降のアフガニスタン、イラクでの軍事作戦で試されることになりました。

アフガニスタンとイラクで見えてきた限界

米陸軍は2001年以降に中東のアフガニスタンやイラクで得られた経験から、旅団を作戦の単位とすることは間違っているのではないかと考えるようになりました。キングはこの時期に認識された課題を次のようにまとめています。

「旅団司令部でも航空支援と他の火力支援を調整することが可能かもしれないが、それは相対的に小規模な組織であり、現代の作戦行動においてますます重要になってくる要素をすべて調整することは不可能だった。(中略)旅団司令部には、これらの重要な支援の機能を提供する幕僚が不足している。それゆえ、旅団の指揮レベルは現代の作戦行動にとって次第に不適切になっている」(King, 2019: 30)

米陸軍の一部では2003年のイラク戦争の時点で師団の機能を縮小したことの問題点が認識されていたようです。キングが面接調査を行った匿名の証言によれば、イラクの自由作戦では師団の機能が縮小されていたため、組織的な作戦行動を遂行することができない状態にあり、訓練サイクル、指揮系統、団結などが崩壊している状態でした(Ibid.)。

また、米陸軍とともに師団を旅団に置き換える改革を進めていた英陸軍でも問題は認識されていました。英陸軍はアフガニスタンのヘルマンド州の戦闘に旅団を参加させましたが、旅団司令部の能力は大規模な戦闘に直面すると業務で圧倒されてしまったと証言されています(Ibid.: 32)。キングは英陸軍の高級士官が「陸軍は師団が何のためにあったのかを忘れてしまった」と述べ、230名の幕僚しかいない旅団司令部では刻々と変化する戦況に即応するには限界があると問題提起したことを紹介しています(Ibid.)。

ロシア、イラン、中国、北朝鮮の脅威が認識されるようになったこともあり、2014年に米陸軍はモジュール旅団を見直し、10個の師団を再編成することを決定しました(Ibid.: 31)。旅団に分割されていた砲兵、通信、後方支援の機能は師団に戻されつつああります。英陸軍もこれに続いて師団の機能を復活させているところです。

むすびにかえて

陸軍の歴史において師団の起源は18世紀末のフランス革命戦争に陸軍大臣を務めたラザール・カルノーの構想にまでさかのぼることができます。ナポレオン戦争で師団というシステムはヨーロッパ列強の陸軍に次々と導入され、第一次・第二次世界大戦で多くの実績を積み上げました。それにもかかわらず、米ソ冷戦の終結とともに米陸軍が200年以上の実績があった師団というシステムをいったん捨ててしまったことは、ドクトリンの歴史を考える上で非常に興味深い事例ではないかと思います。

武内和人(Twitterアカウント