団結の強化は軍隊の戦闘効率を改善するとは限らず、場合によっては問題を起こすこともある

団結の強化は軍隊の戦闘効率を改善するとは限らず、場合によっては問題を起こすこともある

2020年8月30日

軍事学では同じ部隊の仲間と深い人間関係を結び、団結(cohesion)を強化することで、その部隊の戦闘効率を改善できるという説が議論されてきました。しかし、近年では部隊の団結の強化することの限界やリスクも理解されるようになっています。

英国の研究者アンソニー・キング(Anthony King)の著作『前線:21世紀の戦闘と団結(Frontline: Combat and Cohesion in the Twentieth-First Century)』(2015)では、この団結の問題をめぐる議論の経緯を紹介しています。その成果に沿って、研究者がどのような根拠に基づいて団結が戦闘効率に与える効果を検証していたのかを解説してみましょう。

プライマリー・グループの存在が団結の強化に必要である

社会科学の方法を応用することによって、軍隊の戦闘効率を高める要因を特定する研究が本格化したのは、第二次世界大戦以降のことです。米国の社会学者のモーリス・ジャノヴィッツ(Morris Janowitz)とエドワード・シルズ(Edward Shils)が1948年に発表した古典的な共著論文「第二次世界大戦におけるドイツ国防軍の団結と崩壊(Cohesion and Disintegration in the Wehrmacht in World War II)」はこの分野の先駆けでした。

この論文でジャノヴィッツとシルズはドイツ軍の内部資料の調査に基づいて、第二次世界大戦におけるドイツ軍の優れた戦闘効率は小部隊ごとに形成されていた対人関係の凝集性、近接性の結果として説明できると主張しました。ここで述べられている小部隊とは、50名以下の集団であり、そこで日常的に交わされる親密なコミュニケーション、空間的な近接性、戦友としての絆、自分の顔と名前を識別してくれる指揮官の存在が重要な要素となっています。このような集団はプライマリー・グループ(primary group)と呼ばれており、これが強い団結の源になり、そのことが兵士を戦闘に参加するように促していたと論じられていました。

プライマリー・グループ説は、第二次世界大戦に従軍した米軍の兵士に対する調査でも裏付けられています。サミュエル・ストーファー(Samuel Stouffer)らが発表した1949年の『アメリカの兵士(The American Soldier)』では、兵士を戦闘に向かわせるのは、周囲にいる仲間との連帯感だと説明されています。その根拠として、ストーファーらがまとめた面接調査の結果が示されており、もし仲間の眼前で逃げ出し、恥をかくようなことになるのであれば、その場で死んだ方がよいと思っていた兵士の証言が多数あったことが報告されています。

このようなアプローチでもプライマリー・グループの存在が兵士を戦闘に参加させる上で重要であるという見方が裏付けられたかに思われました。しかし、やがて研究が進むにつれて、その問題も明らかになってきたのです。

プライマリー・グループの問題点に対する指摘

戦後の米軍ではプライマリー・グループの強化が戦闘力の強化に繋がるという学説を受け入れていましたが、ベトナム戦争(1955~1975)に米軍が地上部隊を投入した1965年以降に、この学説に問題があるのではないかと考える研究者が出てくるようになりました。プライマリー・グループを基礎にした団結の強化には限界があると指摘されるようになったのです。

米国の社会学者チャールズ・モスコス(Charles Moskos)は1970年の『アメリカの下士官兵(The American Enlisted Man)』で黒人の兵士で編成された部隊は、プライマリー・グループとして見れば非常に強い凝集性を備えているにもかかわらず、他の部隊と比較して戦闘効率に優位性はなく、それどころか軍事犯罪の発生率が他の部隊より高いことを指摘しています。これはジャノヴィッツ、シルズ、ストーファーらの説に対する有力な反証として位置づけることができます。

また、ジャノヴィッツやシルズの研究では政治イデオロギーは戦闘効率と関係がないと説明していましたが、この点についてもモスコスは疑問を抱きました。ベトナム戦争は米国国内で大規模な反戦運動が展開される中で遂行された戦争であり、米軍の兵士の多くが戦争の大義に疑問を持ちながら軍務に従事していたことが判明していたためです。モスコスは過去に想定された以上にイデオロギーの問題が軍隊の戦闘効率に影響を及ぼす可能性があることを指摘し、プライマリー・グループ説の有効性を全面的に否定しないとしても、その学説の限界を認識する必要があることを明らかにしました。

ちなみにキングは直接言及していませんが、モスコスはフランク・ウッドとの共著として『軍隊(The Military)』を1988年に発表しています。これは徴兵制を基礎にした1973年までの米軍が、志願制への移行によって質的に変化したことを指摘した研究であり、これは軍隊に特有の規範の価値が低下し、市場経済の論理に従う職業選択の一選択肢に過ぎなくなっていることを論じて注目を集めました。これは軍隊の戦闘効率を強化する上で部隊の団結の強化に依存することの限界を示唆するものでもありました。

プライマリー・グループ説の問題についてドナ・ウィンスロー(Donna Winslow)が発表した『ソマリアにおけるカナダ陸軍空挺連隊(The Canadian Airborne Regiment in Somalia)』(1997)は団結の強化にリスクがあることを指摘した研究です。ウィンスローは1993年に平和維持活動でソマリアへ派遣されたカナダ陸軍の空挺連隊の隊員が現地住民を虐待、虐殺した原因を調査しているのですが、ジャノヴィッツ、モスコスなどの研究成果も参照しながら詳細な分析を展開しました。

ウィンスローは団結が強化されれば、所属する部隊に対する隊員の忠誠が強化され、戦闘行動が促進される側面があることを認めています。ただし、それは規律と統率で抑制しなければ、過剰な攻撃行動が助長されるリスクがあるとも主張しました。団結した小集団は独自の規範意識を共有し、他の集団を攻撃する傾向を強化します。このような集団が戦場のような強いストレスが加えられる環境に置かれると、攻撃行動がエスカレートしやすく、それが暴力事件のような重大な服務事故が起きる要因ともなります。

むすびにかえて

研究者は第二次世界大戦の調査研究に基づいてプライマリー・グループの形成を通じた団結の強化が戦闘効率に大きく寄与するものだと考えてきました。しかし、ベトナム戦争以降の調査研究によれば、団結を強化したとしても、それが戦闘効率に与える効果はあまり確実ではありません。軍隊の組織外に存在する要因も含めて調査する必要があることが判明しています。強い団結を備えた部隊は攻撃行動が促進される傾向にありますが、指揮官は規律と統率によって兵士の攻撃行動を制御しなければ、重大な問題が起きる恐れがあることも判明しました。

かつて戦闘効率を左右する重要な要因と見なされていた部隊の団結ですが、研究の進展に伴ってその重要性が相対化され、また限界や弊害があることも理解されるようになってきたことが分かると思います。キングの研究は、このような研究成果に基づいて教育訓練が戦闘効率に与える効果をより実証的に研究する必要があると主張しています。

武内和人(Twitterアカウント