ガルーラ

ガルーラ

ダヴィッド・ガルーラDavid Galula, 1919年110日 - 1967年5月11日)はフランスの陸軍軍人である。対反乱の研究で知られている。

経歴

フランスの保護領だったチュニジアのスファックス出身。モロッコのカサブランカで高等学校教育の修了認定を取得してサン・シール陸軍士官学校に進み、1940年に教育課程を修了して少尉に任官したが、同年にフランスを占領したドイツが人種差別を目的とした反ユダヤ法を議会に制定させたことで、ユダヤ人だったガルーラは陸軍を除隊し、北アフリカへ逃れた。詳細な経緯は不明だが、そこでドイツに占領された後も抵抗を続ける自由フランス軍の部隊に入隊した。1944年6月17日から19日まで続いたエルバ島の戦闘で負傷しているが、1945年まで従軍は続いた。

1945年に駐在武官として中国の北京に置かれていたフランス大使館に派遣された。1946年に中国で国共内戦が勃発してからは、現地の状況を視察して巡り、1947年に中国共産党に身柄を拘束されたが、最終的に釈放された。その後も世界各地の内乱を調査研究しており、ギリシャ、フィリピン、インドシナに関する調査を行った。1954年にフランスの植民地だったアルジェリアで独立を目指す反乱が発生していたが、1956年にガルーラはこれを平定する作戦に中隊長として参加し、巧みな部隊の運用で戦果を上げた。1958年にパリに呼び戻され、国防省での勤務についた。

1962年に陸軍を退いてからは、アメリカのハーバード大学で国際問題研究所の研究員として勤務し、『アルジェリアの平定、1956年から1958年まで(Pacification in Algeria, 1956-1958)』『対反乱戦:理論と実践(Counterinsurgency Warfare: Theory and Practice)』(1964)を発表し、対反乱の領域で高い評価を受けた。パリ首都圏にて死去。

著作