戦略論(リデル・ハート)

『戦略論:間接アプローチ』の抜粋

「戦争の原則、それは単なる一つの原則ではなく多数の原則から成り立つものであるが、それを一語に圧縮すると「集中」ということである。しかし、これは事実上「弱点に対する勢力の集中」というふうに敷えんすべきである」(リデル・ハート『戦略論:間接的アプローチ』森沢亀鶴訳、原書房、新装版、1986年、366頁)。

「敵の立場に立ってみることに努め、敵が先見し又は先制することが最も少ないコースはどれであるかを考えよ」(同上、367頁)

「であるからこのようなマヒ状態が十分に進行していない限り、いかなる指揮官も敵に対する真面目な攻撃を発起すべきではない。マヒ状態は敵の組織の崩壊及び精神面での組織崩壊の同等物である士気崩壊によってひき起される」(同上、368頁)

「目的を決定するにあたっては、明確な見通しと冷静な計算とを重視すべきである。「消化能力以上の貪食」は愚かである。軍事的英知は「何が可能か」を第一義とする。それゆえ、誠実を胸としつつ、事実に直面することを学ぶべきである」(同上、367頁)

「こうすれば、敵をジレンマの立場に追込み、敵の守備の最も薄い目標を少なくとも一つは攻略できる機会を確保するところまで進むことができ、またそれを手がかりとして逐次攻略することが可能となろう」(同上、367-8頁)

「単なる兵力の増強は必ずしも新規の線に沿う攻撃を意味しない。そのわけは、敵もまたその休止の間において自己の兵力を増強しているであろうことは有り得べきことであるからである。わが方を撃退した敵の成功が敵を精神的に強化するであろうことは、さらにもっと有り得べきことである」(同上、368頁)

「軍隊訓練は主として、攻撃のためのこまごました実行法での能率向上に捧げられる。このような戦術上の技術への注意集中は心理的要素を不分明なものとする。それは奇襲の実行よりも安全の確保を重視するものとなる。それによって、教科書通りに専ら間違いをしでかさないことを願う指揮官を養成することになり、敵の指揮官に間違いを犯させる必要性は忘れ去る指揮官ができあがるのである」(同上、369頁)

学説紹介 リデル・ハートの戦略思想と間接アプローチの八原則


「大戦略(高等戦略)の役割は、一国又は一連の国家群のあらゆる資源を「ある戦争のための政治目的」―基本的政策の規定するゴール―の達成に向かって調整し、かつ指向することである」(リデル・ハート、353頁)

「戦力は、大戦略の諸要具の中の一つにしか過ぎない。大戦略は、経済的圧迫の力や外交的圧迫の力や貿易上の圧迫の力や敵の意思を弱化させるという相当大切な道徳上の力などを考慮に入れ、かつそれらを適用しなければならない」(同上)

「国家の基本政策の相違によって採用する戦略の目的は国家によってそれぞれ本質的に相違するものであり、したがって『膨張主義国』と『保守主義国』のそれぞれがとる適切な手段方式は必然的に異なるものでなければならない」(同上、388頁)

「純然たる防勢をとることが最も経済的な方法であるように見える。しかしこれは静的な防勢を意味するものであり、歴史の教えるところでは純然たる防勢は危険なもろさを持つ方法であり、これに頼ることはできない。鋭い反撃力を備えた高速機動力を基盤とする防勢・攻勢兼用方式こそは兵力の経済的使用と抑制効果とを最もよく結合したものである」(同上、388-389頁)

リデル・ハートが考える大戦略と日本の安全保障


「ヒトラーは、レニングラードを主目標として、これを奪取し、それによってドイツのバルト海側の翼側を安全にするとともにフィンランドと手を握り、モスクワの重要性については低く評価する傾向にあった。しかし、彼はまた、経済的ファクター(複)に対する鋭い感覚から、ウクライナの農業的富源とドニエプル下流の工業地域とを奪取しようと欲していた。この二つの目標は非常に離れており、全く分離した二つの作戦線を必要とした」(リデル・ハート、267頁)

「しかし、ヒトラーは、レニングラードとウクライナを主目標として取上げる自己の最初の構想を実行に移すべき時機が到来したと考えた。彼は、レニングラード及びウクライナの重要性のほうをモスクワよりも上位に格付けするに際しては、将軍らの間に居た彼への批判者の大部分が思ったように、レニングラード及びウクライナの経済的効果と政治的効果を考えていただけではなかった。彼は超特大の規模のカンネのような作戦を心に描いていたようである」(同上、271頁)

「一般に考えられていたことと反対に、ヒトラー自身は 、モスクワ占領への継続的努力を強いる原動力ではなかった。最初から彼は、モスクワを他の諸目標よりも重要性の少ないものと見なしていたし、彼はモスクワの方向に行なう遅れ走せの十月攻勢を裁可するにはしたが、それについての新たな危惧を再び抱いていた」(同上、274頁)

学説紹介 バルバロッサ作戦の敗因―リデル・ハートはこう考える―