宇宙戦を学ぶ人のための文献紹介

宇宙戦を学ぶ人のための文献紹介

宇宙戦(space warfare)は、まだまだ発展途上にある研究領域です。しかし、1990年代から少しずつ研究は進められており、基本となる文献も出てきています。今回の記事では、宇宙戦に関する軍事学の基本文献を5冊だけ取り上げ、その内容を簡単に紹介してみたいと思います。主に2010年までの研究を取り上げています。


スペースパワー理論の先駆者ラプトン

冷戦が終わりに近づいていた1998年、アメリカ空軍の退役軍人だったデイヴィッド・ラプトン(David E. Lupton)は『宇宙戦(On Space Warfare)』を発表し、宇宙勢力、スペースパワー(spacepower)の軍事ドクトリンを組み立てようとしました。

ラプトンの研究によれば、軍事的観点から見た宇宙の捉え方をめぐっては4つの立場に区分することが可能です。一つ目は宇宙を戦域とするべきではなく、そこを中立的な聖域と位置付けることで、戦略的な安定を図ることができるという考え方です。二つ目は、宇宙で運用される人工衛星が、敵の攻撃に極めて脆弱であることを理由に、宇宙の安全保障上の重要性を否定する考え方です。三つ目は宇宙に弾道ミサイル防衛のシステムを配備することを肯定する考え方であり、1980年代のアメリカでは戦略防衛構想として支持されていました。四つ目は宇宙をコントロールする必要性を認める考え方であり、陸上、海上、航空作戦を支援するという位置づけ、地上からの対衛星攻撃の必要を検討します。

今の宇宙戦に関する研究で最も重視されているのは四つ目の考え方です。湾岸戦争で精密誘導兵器が威力を発揮したことを受けて、人工衛星による航法の支援、広域的な偵察の重要性は強く認識されるようになり、戦時において宇宙のコントロールをどのように維持すべきか、どのように敵対する勢力の宇宙のコントロールを阻止すればよいのかが議論されるようになっています。


スペースパワー理論の継承者ドールマン

スペースパワーの戦略理論を別の角度から発展させた人物としてエヴェレット・ドールマン(Everett C. Dolman)がいます。ドールマンは1999年に「宇宙時代における地政戦略(Geostrategy in the space age)」と題する論文を『ジャーナル・オブ・ストラテジック・スタディーズ』で発表し、そこで古典的な地政学の考え方を宇宙に適用する方法を提案してました(翻訳された論文はコリン・グレイ、ジェフリー・スローン編『進化する地政学』奥山真司訳、五月書房、2009年に収録)。

ドールマンは宇宙の利用という観点から見て、地上の偵察や航法などに活用できる軌道のほとんどが地上から3万5000キロメートル以内に位置していることや、地球の自転と同期して周回する人工衛星の軌道が4万キロメートル以内に位置していることから、この4万キロメートル以内の宇宙空間をコントロールする戦略を重視すべきだと論じています。さらにドールマンは、地上から打ち上げた人工衛星を軌道に乗せるために最もエネルギー効率がよい軌道は空間的に限定されていると指摘し、天体交通線(celestial lines of communications)の戦略的な重要性を強調しています。

ドールマンはさらにこの研究成果を拡張して『アストロポリティーク(Astropolitik: Classical Geopolitics in the Space Age)』(2002)を出版しており、その後のスペースパワーの研究に大きな影響を及ぼしました。間もなくして、アメリカ軍はスペースコントロールの重要性を認識するようになり、空軍が中心となってドクトリンが体系化されるようになりました。


アメリカ軍における宇宙戦のドクトリン

2004年、アメリカ空軍は『対宇宙作戦(Counterspace operations)』で初めて宇宙戦のドクトリンを発表し、2006年にはその構想を『宇宙作戦(Space operations)』で拡張しています。宇宙作戦の概念は2009年にアメリカ軍の統合作戦のドクトリンの中でも正式に位置づけられました。

これら軍事ドクトリンでは、スペースコントロールの一環として味方の人工衛星システムを敵の攻撃から守る方策として分散化や耐久化することや、敵の人工衛星システムの本来の機能を奪うための妨害、拒否、破壊などが検討されています。これらはまだ実戦によって妥当性が検討されていないものであるため、実現性や危険性については議論の余地があると研究者らは考えています。したがって、アメリカ軍の宇宙作戦に関するドクトリンは暫定的なものであると理解しておく必要があるでしょう。研究はまだ進行中であり、『スペースパワーの理論に向けて(Toward a Theory of Spacepower)』(2011)ではその進展の一部をうかがい知ることができます。この分野の第一人者の議論を読むことができるよい研究資料です。

最近の宇宙安全保障の動向が分かる日本語の文献として、福島康仁「宇宙利用の優位をいかに確保するか?―論点の整理―」『エア・アンド・スペース・パワー研究』第7号(2021年3月)を挙げておきます。これはオンラインで閲覧できますので、ぜひ一度ご確認ください。


(この記事の執筆で質問者の方にご協力を頂きました。お礼を申し上げます)

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント

関連記事