第一次世界大戦の航空機の研究開発の歴史を記した軍事技術史の古典『アイディアと兵器』を紹介

第一次世界大戦の航空機の研究開発史を記した軍事技術史の古典『アイディアと兵器』を紹介

2020年10月14日

敵国より優れた性能の装備を自国の軍隊が使用できれば、味方の損害をより小さく、敵の損害をより大きくすることができるようになります。そのため、装備の研究開発の成否は戦闘の勝敗にかかわる重要な問題であり、それを成功に導くための方法、あるいは失敗に陥らないための対策を明らかにすることが求められます。

デューク大学教授アーヴィング・ホーリーの著作『アイディアと兵器(Ideas and Weapons)』(1953)は第一次世界大戦における航空機の開発と調達の歴史に関する研究であり、1953年に初版が出た後も、1971年、1983年と版を重ねた軍事技術史の分野の古典的著作です。今回は、この著作の内容を簡単に紹介してみたいと思います。

ホーリーの研究の狙いは、装備の研究開発において技術革新に到達するための条件を明らかにすることです。新たに発見された技術的な可能性が新しい装備に変換されるまでの経緯は複雑であり、第一次世界大戦の航空機の研究開発史では特に顕著でした。

著作は「提示された問題」、「1907年から1918年までの航空兵器の問題」、「第一次世界大戦が残した航空兵器の遺産」の3部で構成されていますが、ホーリーの立場が最も分かりやすく説明されているのは、第1部の第1章です。そこでホーリーは古代のギリシア人が編み出した歩兵戦術であるファランクス、14世紀のイングランドで開発された長弓(ロングボウ)、さらに19世紀のアメリカ軍でいち早く採用された後装式の銃などの例を挙げ、軍隊の技術革新の歴史を概観します。

そこでホーリーは軍隊の技術革新を妨げる典型的な要因を考察し、それらを3つに分けることを提案しています。一つ目は優れた武器が勝利をもたらすという思想を取り入れないこと、二つ目は武器の運用に関する戦闘教義、つまりドクトリンを確立しないこと、三つ目は発達する科学技術の成果を軍事的な転用が可能か評価する手法を編み出さないことです。ホーリーはこれらの要因を確認した上で、第一次世界大戦におけるアメリカ軍の航空機の研究、開発、生産の歴史を分析しています。

1914年に第一次世界大戦がヨーロッパで勃発した当時、アメリカ軍は技術情報の重要性を認識していませんでした。外国の戦争に関する技術情報を収集する活動が十分に実施されていなかったことは、その表れでした。アメリカ軍の内部では航空兵器の有効性に対して懐疑的な見方が根強くありました(pp. 29-32)。しかも、1917年にアメリカが戦争に参戦することが決まった後でさえ、航空機に関する技術情報は組織的に収集されていませんでした。ホーリーはアメリカ遠征軍の内部で技術部門が設置されたことにも言及していますが、アメリカ遠征軍の技術情報の収集も体系的な活動ではなく、専門的な情報評価に繋がっていなかったと厳しく評価しています(pp. 82-102)。新たな技術を駆使して戦闘を有利に戦おうとする意識が弱いだけでなく、技術情報を本国に適切に送達するための組織的な取り組みが確立できていませんでした。

さらに、アメリカ軍では関係者の意見がしばしば対立し、どのような性能の航空機をどれほど配備する必要があるのかについて合意ををまとめることが困難でした。研究開発の担当者は頻繁に設計を変更しようと試み、生産効率を向上させようとする部門との間で深刻な軋轢を引き起こしていました。これは組織の責任と権限の分け方の問題でもありましたが、そもそも両者の間では技術的に満たすべき性能について共通の認識がなかったことも大きな要因でした。その結果として、時代遅れの航空機が残されることになり、現場のパイロットは困難を感じながら、それを操縦するしかありませんでした(pp. 124-32)。ホーリーの研究は、当時のアメリカ軍が航空戦力に関して確固としたドクトリンを持っていれば、多くの時間、労力、資源が節約できた可能性を示しています。

ホーリーは結論で第一次世界大戦におけるアメリカ軍が航空機の研究開発において数々の間違いを犯していたことを認識する必要があり、研究開発から生産配備に至るプロセスを合理化することが非常に重要であると主張しています(p. 175)。1950年代の古い研究ですが、軍隊における研究開発の問題を組織論の観点から捉えた研究として有用性を失っておらず、研究開発におけるドクトリンの重要性を考える上でも示唆に富んでいます。

ホーリーがアメリカ軍に向ける批判が行き過ぎている箇所も散見されますが、分析の客観性を損なうほどのものではありません。軍隊の装備の研究、開発、生産に関心を持つ人にとって一読の価値がある著作だと思います。

ホーリーは、この著作を出版した後も軍事技術史に関する研究を続けており、1962年にはアメリカ陸軍における航空戦力整備の歴史を扱った『航空機を買う(Buying Aircraft)』を出版しています(Buying Aircraft: Matériel Procurement for the Army Air Forces, Washington, D.C.: Army Center for Military History, 1964, 1989)。

ホーリーは2013年に亡くなりましたが、1991年にアメリカの軍事史学会(Society for Military History)からサミュエル・エリオット・モリソン賞を授与されており、その業績は高く評価されています。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント