兵站学の専門家は、無計画が莫大な無駄を作り出すことを警告している

兵站学の専門家は、無計画が莫大な無駄を作り出すことを警告している

2020年3月30日投稿

はじめに

軍事学を学ぼうとする人であれば、戦略や戦術だけでなく、兵站(logistics)が軍隊の活動を下支えする重要な活動であるという認識を多少なりとも持っているのではないかと思います。

これはまさに適格な認識だと言えます。兵站活動は軍事行動のあらゆる部分と関連を持っており、同時に産業や社会のあり方とも関係がある奥深い研究領域です。しかし、兵站を専門とする研究者が、兵站をどのような視点で研究しているのか、具体的にどのような問題に取り組んでいるのかは一般には知られていません。

今回は、兵站学の分野で権威とされるアメリカ海軍軍人エクルズの学説を取り上げ、特に雪玉(snowball)効果と称される兵站の肥大化問題を中心に紹介してみたいと思います。緊急事態において物資や人員が大量に必要になるということは言うまでもありませんが、だからといって大規模に兵站能力を拡充すると、結果として莫大な無駄が生じることが指摘されています。

兵站には肥大化する傾向がある

エクルズの研究成果は多くの研究者から評価されていますが、その中でも特に重要な功績とされているのが兵站の肥大化傾向に関する考察です。エクルズは自著で次のように記しています。

「兵站活動の構想は必然的に『雪玉(snowball)』になる傾向がある。すなわち、兵站活動の構想は、支援の対象である戦闘部隊に対して大きくなりすぎるのである。これはおそらく本書で最も重要な命題である」(Eccles 1959: 103)

分かりやすい例は戦闘部隊に対する後方支援部隊の比率が次第に増大する傾向です。それは作戦部隊の機動性を低下させ、戦略を制限する重大な問題です(Ibid.)。

エクルズの説明によれば、雪玉効果を発生される基本的な要因は3つに区分することができます。第一の要因は、近代以降に戦闘部隊が運用する武器、装備が技術的に発達したことであり、これによって必要とされる後方支援の規模が拡大しました。第二の要因は生活水準の飛躍的向上であり、これは兵站の観点から見た規律が弛緩する傾向をもたらしています。第三の要因は多くの軍人が雪玉効果を理解していないことであり、これら3つの要因が合わさることによって、兵站の肥大化が進むと考えられています(Ibid.: 103-4)。

一例として、著者は第二次世界大戦にアメリカ海軍で起きた出来事を紹介しています。1945年に終戦を迎えた時、アメリカ海軍では莫大な何千トンもの貨物がグアムに集積されていたものの、次の目的地も特に定まっていない状態でした(Ibid.: 107)。もちろん、戦争においてはすべてが不確実ですから、物資の備蓄を持つこと自体が悪いわけではありません。

しかし、戦後に実施された調査によれば、その貨物を調達するための平均費用は1トン当たりおよそ1000ドルだったことが分かっています(Ibid.)。さらに、この貨物は複数の供給源からグアムまで輸送された平均距離は6000マイル(9656キロメートル)であり、多くの労力が費やされていたことも後の調査で分かりました(Ibid.)。

これほどの資金と労力が無目的に物資の集積に使用されていたのであれば、それは他のより有益な作戦行動を間接的に阻害していると言わざるを得ないでしょう。エクルズは、このような事象は兵站支援のあらゆる場面で起こり得ることであり、兵站学において特別な注意を要する問題であると述べています。

無計画さが引き起こす無駄を削減せよ

エクルズは、このような雪玉効果が特に発生しやすい状況についても考察しています。それは平素から兵站支援について十分な計画を立案できていない場合であり、それは反動として過剰な計画を立案することに繋がりやすいと論じています。

「あらゆることに言えることだが、極端に走りやすいという人間の傾向は、有害な結果をもたらす。兵站においては、この雪玉効果(snowball effect)がしばしば無計画の後に続く過剰な計画(over planning)によって引き起こされていることが頻繁に確認されている」(Ibid.: 108)

例えば、作戦の初期段階において、兵站支援が不十分であると、指揮官は当然のこととして、より大規模な兵站支援を要請します(Ibid.: 108-9)。この際に指揮官が要求する兵站支援の規模は、目の前の戦闘状況に即応するため、事前に計画を立案した場合に要求する兵站支援の規模を上回る傾向があるとエクルズは述べています(Ibid.: 109)。

この問題の解決を妨げているのは、各部隊の指揮官が本来必要とされる兵站支援よりもやや多く要求するという点にあります。たった一人の指揮官だけがこのような措置をとれば、それは大きな問題とはならないでしょう。しかし、軍隊の階層的な指揮系統に配置された、すべての指揮官が兵站支援をやや多めに要求するのであれば、最終的に確保すべき兵站支援の総量は莫大なものになってしまいます(Ibid.)。著者は第二次世界大戦の対日作戦で自らが携わった基地建設の計画業務を振り返りつつ、次のように説明しています。

「あの戦争が始まった当初、我々は太平洋戦域、南西太平洋戦域において基地の不足によりひどく苦労していた。膨大な数の計画を間に合わせで立て続けに実施する中で、ヌメア(Noumea)、エスピリトゥ(Espiritu)、サント(Santo)、マヌス(Manus)グアム(Guam)、サマール(Samar)におびただしい基地を建設した。これらの基地建設に関して、計画業務に携わった人々は初期の基地不足の影響を大きく受けていた。それと同時に、後方地域におけるいくつかの基地の指揮官は、前線が日本に向かって移動した後で、基地の規模を縮小することを嫌がったのである。このようにして雪玉は戦闘地域だけでなく、後方地域においても膨らんでいったのである」(Ibid.: 109)

緊急事態において兵站支援の必要性がいったん発生すると、その不足を補うための大規模な措置がとられますが、それはやがて資産ではなく負債となって軍隊にのしかかり、やがて作戦行動の足かせになるという危険性がここに示されています。

むすびにかえて

エクルズの議論を通じて、兵站支援の合理化を達成するためには、平素から計画立案(planning)を徹底し、あらゆる種類の兵站支援の要求に応答できる態勢を準備しておくことが重要であると考えられている理由がよく理解できたと思います。この計画立案を怠っていると、緊急事態が発生した後で多くの無駄を含んだ兵站活動が実施され、結果として雪玉効果を発生させてしまいます。

一般に兵站支援の重要性は兵站能力の不足という観点から理解されることが多いかもしれませんが、エクルズの視点から見れば、兵站能力の過剰も戦争遂行における重大な問題であり、長期的観点から見ると軍隊の戦闘力を損なってしまうのです。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント