「戦略=目的+方法+手段」と考えると、何が見えてくるのか

「戦略=目的+方法+手段」と考えると、何が見えてくるのか

2019年9月5日投稿

はじめに

戦略に対する見方は人それぞれ異なると思いますが、軍事学の研究領域では共通の定式、モデル、概念的な枠組みを構築することが目指されてきました。

そのような試行錯誤の中で提案されたモデルの一つに「S(戦略)=E(目的)+W(方法)+M(手段)」というものがあります。

今回は、このモデルを提唱した米陸軍大学校の軍事戦略教授だった退役陸軍大佐アーサー・F・リッケ(Arthur F. Lykke, Jr.)の研究を取り上げ、それを取り入れることで何が明らかにできるのかを紹介します。

論文情報

  • Arthur F. Lykke Jr., Defining Military Strategy, Military Review, Vol. LXIX, No. 5(May 1989), pp. 2-8.

戦略の構成要素を目的、方法、手段と考える

戦略が目的、方法、手段の3要素から構成されていると論じ始めたのは米国の陸軍軍人マクスウェル・D・テイラー(Maxwell D. Taylor)であり、彼は1960年代にジョン・F・ケネディ政権で統合参謀本部議長を務めた人物でもあります。

テイラーは1981年に自らの戦略観を示し、リッケはそれに依拠することによって、あらゆる戦略の分析に適用できるモデルを考案します。

そのモデルとは、その達成に向けて努力する目的(ends)、行動方針である方法(ways)、それによって目的を達成することを可能にする手段(means)の3要素で戦略が成り立っていると考え、それら3要素間の整合性を評価することによって、その戦略が抱えているリスク(risk)の程度を明らかにする、というものです。

このモデルの特徴は達成すべき目標やそれを達成するための構想に当たる方法だけでなく、どのような資源を手段として活用するのかという点も戦略の構成要素として重視している部分です。リッケはこの点については異論があるだろうと予想し、それに対する反論を述べています。

「一部の読者はこの著者の考えに対して疑問を抱くかもしれない。それは戦略を支えるものとして軍事的資源が必要ではあるが、それは戦略の構成要素とは別物だと考えるためである。彼らは軍事戦略を軍事的な目標と構想に限定するのだろう。しかし、数的優勢の重要性に関する議論において、クラウゼヴィッツは軍隊の規模の決定は「確実に戦略の中心的要素の一つである」と述べた。また、バーナード・ブローディは「平時における戦略は、武器体系の選択のうちに反映されている」と述べた」(Ibid.: 4)

あらゆる戦略が抱えるリスクを評価する

戦略を定義する上で、目的や方法だけでなく、兵力、装備、資源を含めた手段を考えなければならない理由についてですが、リッケはそれら3要素の関係を見なければ、その戦略が抱えるリスクを適切に評価できないためだと説明しています。

リッケは戦略に伴うリスクを「損害ないし被害の可能性」あるいは「目標の達成に失敗する可能性」と定義しており、戦略の分析ではその戦略にどのようなリスクがあるかを評価することを重視しました(Ibid.: 6)。

そして「国家安全保障を確かなものにするには、軍事戦略の三本の『脚』が存在するだけではなく、それらが均衡していなければならない」と述べています(Ibid.)。つまり、戦略の三要素の一つでも問題があれば、他の要素がしっかり機能していたとしても、戦略として破綻する危険が高まるということです。

例えば、戦略の構想の内容に対して十分な防衛予算が確保されず、兵力や装備が不足していないか、達成すべき目標と行動方針が合致していないのではないか、達成すべき目標と資源の限界に不均衡があるのではないかを検討し、そこからその戦略のリスクを明らかにしていきます。

このようにリスク評価に戦略学の焦点を合わせることによって、より戦略の全体像をバランスよく把握できるようになるというのがリッケの主張でした。このような考え方を取り入れることにより、「大量報復(massive retaliation)」、「柔軟反応(flexible response)」、「消耗戦略(attrition strategy)」、「封じ込め戦略(containment strategy)」など多種多様な戦略用語に振り回されることなく、堅実に研究を進めることが目指されています。

まとめ

リッケの研究は米陸軍大学校での教育を通じて広く知られており、今でも彼が唱えた目的+方法+手段(リスクの評価)という分析の枠組みは軍事的意思決定の基礎として受け継がれています。

ただし、リッケの研究はあまりにも戦略を単純化しているという批判も加えられており、その中にはリッケのモデルを拒否する議論も見られますが、モデルを拡張したり、修正しようとする議論もあります。

理論的に限界があることについては留意する必要がありますが、リッケの研究は戦略や戦史に関心を持つ多くの人々にとって理解しやすく、馴染みやすいものであることは否定できないでしょう。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント

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