古代から現代の戦略思想史を描いた『戦略の変遷(The Evolution of Strategy)』(2010)を紹介する

古代から現代の戦略思想史を描いた『戦略の変遷(The Evolution of Strategy)』(2010)を紹介する

2020年6月8日投稿

はじめに

ベアトリス・ホイザー(1961~現在)が2010年に出版した『戦略の変遷(The Evolution of Strategy)』は古代から現代までの戦略思想史を独創的かつ包括的な視点で読み解いた著作です。

2011年に軍事学の有力ジャーナルである『ジャーナル・オブ・ストラテジック・スタディーズ(Journal of Strategic Studies)』で次々と書評が発表されたため、学界における注目度も高く、研究を前進させる上で重要な貢献を果たしたと言えます。

今回は、この著作の内容を簡単にまとめて、どのような議論が展開されているのかを紹介してみたいと思います。

最新の研究を踏まえた戦略思想史

戦略に対する理解の仕方は時代や地域、そして何よりも戦争の様態によって多種多様な形に変化してきました。戦略思想の変化を追跡し、理解することは、軍事学を研究する人々にとって常に重要な問題です。

古代から現代までの戦略思想の歴史を描き出すことが『戦略の変遷:古代から現代までの戦争を考える(The Evolution of Strategy: Thinking War from Antiquity to the Present)』(2010)を発表した著者の狙いであり、数多くの思想家が調査の対象とされています。

この著作は7部に分かれており、第1部「はじめに(Introduction)」では戦略の概念を一般的に考察することで、同書が取り扱う問題の範囲を明らかにしています。これは予備的な考察であり、本論は次の第2部「恒常的な要因(Long-term constants)」から始まります。そこでは古代から近世ヨーロッパまでの戦略思想の変化を追跡し、同時に一貫して確認できる共通の要素を見出そうと試みています。その成果として攻城戦、募兵や訓練といった管理業務、戦闘の重要性、攻勢と防勢の選択、限定戦争と全面戦争の選択、そして戦争の政治的な観点から見た指導といった問題が、戦略思想の問題として繰り返し出現することが明らかにされています。

第3部「ナポレオン・パラダイムと総力戦(The Napoleonic paradigm and total war)」ではナポレオン戦争によって編み出された戦略思想が、アントワーヌ・アンリ・ジョミニの著作を通じて、アメリカに伝えられたことが述べられています。ナポレオン戦争で見られた戦略思想をモデルとして解釈する説は、カール・フォン・クラウゼヴィッツの戦略思想を通じてプロイセンでも影響力を持ち、普仏戦争の後のフランスではナポレオンの戦略思想の再評価が起きていました。ホイザーの説によれば、19世紀の後半から20世紀の初頭、より厳密には1860年前後から第一次世界大戦が終結する1918年までナポレオンの戦略をモデルとする見解が生き残りました。ただし、この時期の戦略思想の変化に関しては技術的要因の影響についても考慮する必要があるとも述べられています。

第4部「海軍・海洋戦略(Naval and maritime strategy)」と第5部「エアパワーと核戦略(Air power and nuclear strategy)」は、それぞれ独自の環境で発達してきた戦略思想の変化について述べています。そこでは海上戦、航空戦のいずれの分野においても、戦略の問題と考えられていた事柄は陸上戦とかなり異質なものだったことが説明されています。例えば、海洋戦略では(1)海上交通の安全を確保するために敵の艦隊を追跡し、戦闘を挑むことを重視する戦略がありましたが、これ以外にも(2)敵艦隊との戦闘を避けつつ通商破壊を行うことを重視する戦略、さらに(3)戦闘を避けて艦隊を温存する現存艦隊(fleet in being)という考え方が現在まで生き残っているとホイザーは述べています。

航空戦略、核戦略の分野でも環境の特性に応じた戦略思想の発展があり、例えば(1)都市への攻撃を重視する思想、(2)軍事目標への攻撃を重視する思想、(3)精密誘導爆撃に依拠しながら敵の指揮通信系統への攻撃を重視する思想、そして(4)政治的な駆け引きの道具を重視する思想、以上の4つの区分が提案されています。

第6部「非対称戦争、あるいは「小戦争」(Asymmetric or 'small' wars)」は、非正規戦争のための戦略思想のために設けられています。人民戦争の理論だけでなく、それに立ち向かうための対反乱(counter-insurgency)の理論も取り上げられています。この方面はまだ議論が活発に続いていますが、この問題をめぐる戦略思想が武力の行使だけでなく、地域の住民の支持をめぐる戦いであることをホイザーは巧みに説明しています。

この著作で示された研究成果を要約することは非常に難しいのですが、第7部「世界大戦後の新しいパラダイムの要請(The quest for new paradigms after the World Wars)」では結論として、戦争に対する人道的、倫理的な考え方と戦略に対する考え方との間には明確な関係を見出すことができなかったことを挙げています。近年、先進国の間では自由主義的な戦争方式(liberal way of war)の議論もありますが、あらゆる時代の戦略思想において、非人道的な要素が組み込まれる傾向があることを踏まえれば、それを長期的な戦略思想のトレンドと見なすことには慎重になるべきかもしれないと結論付けられています。

むすびにかえて

軍事学においてホイザーが成し遂げた研究はどのような意義を持っているのでしょうか。

これまでに書かれた戦略思想史の古典としては、エドワード・アール(Edward M. Earle)が編纂した『新戦略の創始者(Makers of Modern Strategy)』(1944)と、その新版としてピーター・パレット(Peter Paret)が編纂した『現代戦略思想の系譜(Makers of Modern Strategy)』(1986)があるのですが、これらは複数の著者による論集という形式をとっていました。そのため、全体を見渡した統一的な解釈を与えるという点で限界はありました。

アザー・ガット(Azar Gat)が著した『啓蒙時代から冷戦までの軍事思想史(A History of Military Thought: From the Enlightenment to the Cold War)』(2001)は近世から現代までのヨーロッパにおける軍事思想史を全体的に捉えて解釈した優れた研究として知られていますが、研究対象とする時期がやや限定されていること、また戦略思想史より広い意味を持つ「軍事思想史」の研究であることも問題として残されていました。

ホイザーの研究は古代から現代という長い時期を研究の対象として、複雑な戦略思想史を包括的かつ統一的に解釈する難題に挑んだものであり、そのような試みをすること自体に大きな研究上の意義があったと言えます。ホイザーが提示した説をめぐっては他の研究者からの批判も寄せられましたが(Mahnken 2011; Echevarria 2011; Knox 2011)、ホイザー自身の応答もあって有意義な議論が展開されています(Heuser 2011)。

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参考文献

  • Heuser, B. (2010). The Evolution of Strategy: Thinking War from Antiquity to the Present. Cambridge University Press.(Amazonリンク)

  • Mahnken, T. G. (2011). The Evolution of Strategy … But What About Policy? Journal of Strategic Studies, 34(4), 483–487. doi:10.1080/01402390.2011.594673

  • Echevarria, A. J. (2011). “Strategy” as Prologue? Journal of Strategic Studies, 34(4), 501–507. doi:10.1080/01402390.2011.594680

  • Knox, M. (2011). Thinking War – History Lite? Journal of Strategic Studies, 34(4), 489–500. doi:10.1080/01402390.2011.594676

  • Heuser, B. (2011). Author’s Reply to the Round Table Review ofThe Evolution of Strategy: Thinking War from Antiquity to the Present. Journal of Strategic Studies, 34(6), 785–798. doi:10.1080/01402390.2011.621722