米海兵隊員のために書かれた戦術学の問題集『戦術を究める(Mastering Tactics)』を紹介

米海兵隊員のために書かれた戦術学の問題集『戦術を究める(Mastering Tactics)』を紹介

2020年8月26日

1994年に米海兵隊員ジョン・シュミット(John F. Schmitt)が海兵隊協会から出版した『戦術を究める:戦術意思決定演習問題集(Mastering Tactics: Tactical Decision Game Workbook)』は戦術学を学びたいと思う人のために書かれた参考書です。

ここに収録された問題は1990年から1993年までに米海兵隊の専門誌『マリン・コー・ガゼット(Marine Corps Gazette)』に掲載されたものであり、分隊の運用から、旅団の運用に至るまで、幅広い問題が出題されています。答案には詳しい解説もあり、また戦術をどのように学習すべきかという興味深い問題についても取り上げられています。

戦術学をどのように学べばよいのか

この著作が採用している方法は戦術意思決定演習(Tactical Decision Game, TDG)と呼ばれているものです。TDGは一種のロールプレイング・ゲームであり、読者には指揮官としての立場と戦術的に考慮が必要な状況、そして解決すべき問題が与えられます。

基本的に読者は自分で問題文を読み、自分の答案を作成し、答案で答え合わせをします。このような学習プロセスを繰り返すことで、戦術家としての見識、いわゆる「戦局眼」を育てることがTDGの目的です。18世紀のプロイセン王フリードリヒ二世は軍人が地形を見て、すぐに部隊の展開や行動に及ぼす影響を見極める戦局眼の重要性を語っていましたが、この著作が読者に育んでもらおうとしているスキルはまさにそのようなものです(Schmitt 1994: 3)。

この著作では、TDGを集団で実施するやり方についても紹介されています。TDGを集団で実施する場合は、最も経験や知識があり、また上級の士官がモデレーターを務めます。モデレーターは状況を説明し、参加者から質問があれば状況をより詳しく説明します。そして制限時間を設定し、参加者が出した答案について批評を加えることもします。その際にモデレーターは「なぜ、そのような行動をとったのか?」などと参加者に質問を投げかけ、それについて討議します(Ibid.: 3)。

TDGを対抗方式で実施する方法も紹介されています。まず、最も経験ある人物が統裁を務め、それ以外の集団は敵味方の二つのチームに分けます。彼らには同一の状況を与えますが、それぞれのチームが敵と味方に分かれて異なる部隊にどのような命令を与えるのかを決定します。これは一種の兵棋演習の要領であり、統裁する人は中立の立場でそれぞれのチームから出された命令を受け取り、それらに沿って各部隊を動かし、状況を進行させます。あとはその結果を各チームに次の状況として示し、次の命令を作成させます(Ibid.: 3-4)。こうすれば、互いのチームの戦術能力を競わせることができるというわけです。

第7問で示される状況図の一部。赤色で示されているのが敵に関する情報。著作の末尾では部隊符合の解説もあるため、それを参照すれば状況図をより詳細に理解することができる(p. 23)

どのように問題を解いていくのか

この問題集では15種類の問題が出題されます。その第7問では、中隊長として、敵の部隊が占領する集落を48時間以内に攻略奪取しなければならない状況が示されており、しかも現地にいる住民や家屋に可能な限り被害を与えない方法を考えるようにも指示されています。

状況図でLZという文字で示されている地域は空挺堡となる場所です。中隊がそこを確保することができれば、3時間以内にヘリコプターで1個中隊が来援することができる状況が付与されています。答案を作成する時間は30分であり、この任務を遂行するために中隊にどのような装備が必要なのかを判断することも問題のうちに含まれています。

この問題を解く上で重要な着眼となるのは、敵の部隊の位置や兵力などがほとんど明らかになっていないということです。状況図を見てみると、敵は防御陣地をあちこちで構築していることが分かりますが、どこに敵の部隊が配備されているのか分かっていません。これは偵察の必要があることを意味しています。もう一つの重要な着眼としては、敵が南の方向に対して念入りに防御陣地を構築していることです。この陣地の構成であれば、味方を南から攻撃前進させることは避けた方がよいでしょう。等高線から判断してみても、集落の南側は険しい坂道になっており、味方部隊が前進するための経路としてはあまり適切ではありません。

戦闘で住民が巻き込まれ、死傷することを避けるのであれば、砲兵や航空機による火力支援については慎重にならなければなりません。このような場合、歩兵でも操作が可能な迫撃砲が非常に重要な武器となります。敵の部隊が戦車を隠し持っている可能性が捨てきれないので、対戦車武器も必要になるかもしれません。また、地図を読むと集落に向かう道路は非常に狭く、また森林で見通しが悪いため、味方の車列が伏撃される危険が大きいことも分かります。つまり、味方の歩兵は下車し、森林を徒歩で踏破しなければなりません。また、味方のヘリコプターの安全を確保するためには敵の防空火器を周囲から一掃することが任務の遂行において必須であることにも気が付かなければなりません。

このように、状況図に盛り込まれた地形や状況を一つずつ要素に分解してから戦術的に検討し、どのような行動方針が適切なのかを考えていきます。このような考え方は一朝一夕に身につくものではないので、最初から正解を導き出すことにこだわりすぎると難しいと思います。問題と答案を読み比べ、軍人がどのような視点で戦術を考えているのかを知るだけでも興味深い内容だと思います。

武内和人(Twitterアカウント