ナポレオンの指揮統制システムの問題とは何か

ナポレオンの指揮統制システムの問題とは何か

2019年11月4日投稿

はじめに

フランス皇帝ナポレオン一世は19世紀初頭のヨーロッパ大陸で数多くの戦闘を指揮した軍人として知られていますが、彼の指揮統制システムには重大な欠陥があったとも指摘されています。

ナポレオン戦争(1804~1815)の末期において、ナポレオンが作戦の計画や指導を誤り、戦略と政策と調整にも行き詰まり、最後には退位を余儀なくされた背景には、この指揮統制システムの問題が大いに関係しており、ナポレオンの敗因を理解する上で避けては通れないテーマだと言えます。

今回は、イギリスのジョン・フレデリック・チャールズ・フラーが、ナポレオンの指揮統制システムの問題、特に幕僚組織の問題に関して考察した内容を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。

ナポレオンの司令部には幕僚がほとんどいなかった

フラーはナポレオンが最終的に勝利を収めることができなかった背景には、政治的、戦略的、軍事的な要因があると指摘しており、軍事的要因として特に重要なものとして指揮の問題を位置付けています(フラー、68頁)。

そもそも、ナポレオンは戦争を通して指揮の統一に関して極端な考え方を持っていました。それは自分の権力を通じて部隊の行動を可能な限り広範に指揮し、また統制するということであり、その思想は総司令部の編成にはっきりと反映されていました。

フラーの調査によれば、ナポレオンが設けた総司令部では、参謀総長室と参謀本部室がありました。参謀総長室には参謀総長であるベルティエ元帥と、その秘書官、さらにナポレオンの連絡将校である皇帝副官が配属されていました(同上、69頁)。

参謀本部室にはベルティエの指揮を受ける3名の参謀次長がおり、彼らには主に兵站に関する職務が与えられていました(同上)。この参謀総長室の下には兵用地誌班も設置されており、作戦計画の立案を支援する機能がありました(同上)。

この組織図を見れば、最盛期には100万以上の規模にも達したフランス軍の総司令部としては、あまりにも貧弱な機能しか持たされていなかったことが分かります。

ナポレオンは幕僚組織の重要性を認識できなかった

本来、幕僚組織は指揮官の状況判断や意思決定を補佐することができなければなりません。しかし、ナポレオンが小さな幕僚組織で満足していた背景には、参謀本部に対する不信があったとフラーは説明しています。

実際にフラーは「皇帝は命じた『私が付与する命令を厳格に遵守せよ。私がやらなければならないことは私のみが承知している』と」というナポレオンの言葉を引用することで、参謀総長に裁量の余地を一切与えていなかった事情を紹介しています(同上)

結果として、ナポレオンはあらゆる指揮を自分の下に集約するという思想に最後まで固執していました。

これは指揮の統一という観点から見て合理性がまったくないというわけではありませんが、戦線が拡大するにつれて、指揮官にかかる負担は急激に増加し、一人の人間が処理できる限界を超えてしまったのです。

「やがて戦争が複雑となり、練達の参謀を必要とするようになったが、その頃には、そのような参謀がいようはずがなかったからである」(同上、70頁)

フラーの研究ではナポレオンの参謀本部の仕事ぶりについて記述されているのですが、それによると参謀が自ら進んで命令書を起案するようなことはせず、ナポレオンがすべての命令の発行を自分の手で行うことにこだわっていました(同上、71頁)。

現代の観点から見れば、数十万名を超える規模の部隊をたった一人の指揮官が幕僚もなしに動かすということは明らかに無理があると分かるかもしれませんが、ナポレオンは最後までその欠陥に気がつかなかったようです。

むすびにかえて

最後のワーテルローの戦闘に敗れ、イギリスによってエルベ島に抑留されることになる直前、ナポレオンは次のように語ったと伝えられています。

「私は晩年、元帥達をあまりにも信頼し過ぎた。彼らはあまりにも金持ちで、大地主で、しかも戦争に飽き飽きしてしまった。もし師団長級の優秀で、勝利を目ざしてもえる将軍を司令官に起用していたら、事態はもっとよかったであろう」(同上、71頁)

フラーはこの言葉に若干の事実が含まれていることを認めていますが、ナポレオンは問題の本質をすり替えていると厳しく批判しています。

ナポレオンが思い通りに元帥を動かすことができなくなった根本的な原因は、フランス軍の指揮統制システムがナポレオン個人に過度に依存し、ナポレオンの命令にさえ従っていればよいという考え方をフランス軍の全体に普及させてしまったことにあります。

フラーの見解によれば、それは戦争の地理的範囲が拡大するにつれ、遅かれ早かれ確実に破綻する指揮統制システムでした。

たとえナポレオンの頭の中で完璧な戦略が思い描かれていたとしても、それを組織的に計画し、実行し、評価することができなければ、その戦略は無意味となることを理解しなければなりません。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


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参考文献