軍隊の命令には必須とされる5個の要素がある

軍隊の命令には必須とされる5個の要素がある

2019年11月17日投稿

はじめに

命令(order)、特に戦闘に直接関係する作戦命令の内容を適正にすることは軍隊の指揮において非常に重要なことですが、実は19世紀までその様式は一定ではありませんでした。

19世紀に軍隊の規模が拡大するにつれて軍事教育の近代化が進められた際に、この作戦命令の様式を標準化する方法を確立することが必要となってきます。

あまり知られていませんが、作戦命令の標準様式を定義することは、軍隊が近代的な指揮統制システムを整備する上で乗り越えなければならない課題の一つだったのです。

今回は、この問題に取り組んだアメリカ陸軍軍人であるスウィフト(Eben Swift, 1854 - 1938)の業績について紹介しましょう。

スウィフト(Eben Swift, 1854 - 1938)アメリカ陸軍軍人。最終階級は少将。軍人の家に生まれ、指揮統制に関する研究で成果を上げている。

作戦命令を研究したスウィフトとは何者だったのか

スウィフトはテキサス州出身のアメリカ陸軍士官であり、1876年に陸軍士官候補生学校を卒業し、歩兵科連隊に配属されました。

注目されるのはインディアンとの戦争に従軍した際に騎兵科に転科していること、また米西戦争(1898年)にも従軍して戦闘の経験が豊富だったことです。彼は部隊指揮官としての能力が評価されたこともあり、歩兵・騎兵学校で戦術教官に任命されているほどです。

スウィフトが戦術学の教育訓練を指導していた頃、ヨーロッパ大陸では普仏戦争(1870年~1871年)でフランス軍に勝利を収めたドイツ軍の戦略と戦術が盛んに研究されており、ドイツ語の文献を翻訳する活動が活発だった時期に当たります。

特に熱心に研究されていたのはドイツの陸軍軍人ヴェルノワと、同じくドイツ陸軍軍人のグリーペンケール(Otto Griepenkerl, 1821年~1888年)が発表した戦術学の研究業績でした。

彼らは状況の変化が激しい近代戦においては、指揮統制システムの合理化が重要であることを指摘しており、スウィフトはそれに影響を受けて自らの戦術教育に合理的な作戦命令を作成する能力の向上を盛り込むことにしました。

1894年4月、スウィフトは初めて自分が考える最も標準的、基礎的な作戦命令の様式を発表し、それは1906年にアメリカ陸軍省の公認を受けた教範となったのです。

スウィフトの作戦命令の様式はどのようなものか

スウィフトの説によれば、あらゆる作戦命令に含まれるべき必須の要素は5種類に区分して示すことが可能です。

その要点をまとめると、以下の通りです。

  1. 敵と味方の状況に関する情報を記述する。(状況)

  2. 到達すべき目標などを示し、どのような任務を遂行しなければならないかを説明する。(任務)

  3. 個別の部隊を配備する位置など、指揮官が採用した作戦構想の内容を説明する。(構想)

  4. 必要があるならば、部隊段列、弾薬補給、衛生支援など後方支援に関する必要な命令を記す。(後方支援)

  5. 指揮官の所在、指揮官と連絡をとるための手段について説明する(指揮・通信)(Swift 1906: 17)。

この作戦命令の様式に見られる特徴は、上官の命令を受領する下級指揮官に対して、広い視点で自分の任務を理解させることです。

すでに述べた通り、スウィフトの研究が登場する前の作戦命令には特定の様式が定まっていませんでした。そのため、上官の中には部下に対して、何をすべきかを指示するだけの命令を下達する場合もあったのです。

しかし、スウィフト式の作戦命令では、2で自分たちが遂行する任務を知る前に、必ず1で状況の把握が求められており、また自分の部隊だけでなく、他の味方部隊のことも含めた全体の状況を見通さなければなりません。

さらに、3では自分以外の味方部隊の役割についても基本的な説明を受けます。つまり、隣接する味方部隊のことや、上級部隊の意図を正確に把握できるようにスウィフトは工夫をしているのです。

もし状況が急変し、当初の任務を続行すべきかどうかを判断しなければならない場合、このような作戦命令の様式は特に効果を発揮します。

さらに非常に興味深い点は、作戦命令の必須要素の5番目で上級指揮官と連絡をとる手段が位置づけられている明記されている点です。これは下級指揮官が一方的に命令を受るだけでなく、積極的、主体的に状況を報告し、あるいは必要な意見の具申ができるように配慮されています。

まとめ

スウィフトが単に過去の作戦命令の様式をまとめ、それらの共通の要素を抽出するといったアプローチを採用していたのであれば、このような様式にはならなかったでしょう。

スウィフトがこの作戦命令の様式を提唱した際に考慮されていたのは、各級指揮官が単に上官の命令を部下に伝達していくような軍隊から、各級指揮官が自分で状況を判断し、主体的に決心を下すという軍隊へ転換する必要性でした。

一見すれば、スウィフトの作戦命令の研究は非常に地味な成果という印象を受けるかもしれませんが、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争とほとんど半世紀にわたってアメリカ陸軍の戦術教育で使用され続けたことを考えれば、非常に重要な研究成果だったことが分かるでしょう。

朝鮮戦争が停戦状態に入った1954年にアメリカ陸軍はスウィフト式の作戦命令の様式を改定しているのですが、それは作戦命令の5要素それぞれに下位要素を設定するためであり、(1)状況、(2)任務、(3)行動、(4)後方支援、(5)指揮と通信という基本的な構造はその後も維持されています。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


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参考文献

  • Eben Swift, Field Orders, Messages and Reports, Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, 1906.