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全面戦争(general war)とは、あらゆる戦力を使用して遂行される大国間の戦争である。交戦国の領域がすべて戦域に組み込まれて広範囲に戦闘が繰り広げられている戦争や、国家の存廃や覇権の移行といった死活的国益が争われている戦争に対して用いられる。
全面戦争という用語は冷戦期に使用されるようになったものであり、当初から核戦争の事態が念頭に置かれてきた。例えば、全面戦争は敵国の政経中枢に対して戦略兵器(特に核兵器)を使用する「大量殺戮の最終段階(genocidal showdown)」に対して全面戦争という用語を使用すべきだという議論がある(Collins 1973)。このような意味で全面戦争を考えるならば、歴史上の事例としては第二次世界大戦の末期における米国の対日戦だけを例外的に挙げることしかできない。したがって、過去の戦争の分析というよりも、将来の戦争の様相を予測する上で多用された概念として理解すべきである。
1979年の時点で米軍は全面戦争を「(1)主要国間で、(2)交戦国の全資源が運用され、(3)その国家的存続が争われている武力紛争」として定義していた(DoD 1979)。この定義は全面戦争を理解する上で一定の意味があったが、(1)主要国(major power)というよりも超大国(superpower)とすべきという指摘も出された。また類似する概念として総力戦(total war)があるが、これと区別するためには(2)の交戦国の全資源の運用については、単に国家規模で総動員されているだけでなく、敵に対して指向可能な全戦力をもって遂行されている必要があるという指摘もある。また、エスカレーションの最終段階として全面戦争を位置付けるべきだという議論もあり、これは全面戦争を厳密な全面核戦争という意味で用いようとする立場である。
全面戦争の議論は冷戦後に次第に後退していき、2019年現在において米軍の公式の軍事用語からも廃語にされている。しかし、冷戦期の核戦略に関する研究では、将来戦の様相を想定する上で一定の意義を持っていた用語である。核戦略、エスカレーション、あるいは危機管理の問題について研究するときには注意を要する事態である。ブローディ、キッシンジャー、カーンの学説はこの問題を考える上で依然として価値ある業績である。
Collins, J. M. 1973. Grand Strategy: Its Principles and Practices. Annapolis: Naval Insitute Press.
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