カウティリヤ

カウティリヤ

カウティリヤ(Kautilya, 前4世紀?)はインドのマウリヤ朝の宰相であり、チャーナキヤ、ヴィシュヌグプタとも呼ばれる。

古典的著作『アーサシャーストラ(अर्थशास्त्र, Arthaśāstra, 実利論)』の執筆者だと伝えられているが、この著作の成立過程に関しては不明な点が多く、カウティリヤだけの手による著作と断定しがたい。しかし、古代インドの戦争術について知る上で貴重な資料であり、軍隊の編制や装備の運用などに関する内容も詳細である。

思想

『実利論』は百科事典的な構成を備えた著作であり、その主題である国家の統治に関連するさまざまな事柄が解説されている。学問、建築、金属、農業、林業、軍事、単位、紡績、酒造、船舶など、論述する範囲が極めて広いところに特徴がある。しかし、著作に一貫しているのは統治者の視線であり、国を統治する上で直面する可能性がある問題を解決する際に役立つことが考慮されている。

戦術の視座から見て特に興味深いのは第10巻の戦闘に関する内容であり、そこでは軍営の設置から始まり、行軍間の警戒、野戦を想定した地形分析、部隊の戦闘展開、戦闘陣形の構成が系統的に述べられている。戦闘陣形の描写は極めて精密であり、戦場に展開する前に後方に退却の際に利用する収容陣地を確保しておくべきことや、敵の視程外で戦闘陣形を組まなければならないこと、また象、馬、戦車の混成部隊を運用する際には、両翼包囲か中央突破のどちらを目指すかによって、戦闘陣形を使い分けていたことなどが分かるだけでなく、当時のインドの戦場で相当程度に戦術の研究が発達していたことが伺われる。

戦略の観点から注目されるのは第9章である。同章では戦略環境を体系的に分析する方法がすでに考案されていたことが示されている。例えば、戦争では「敵はこれだけの兵力を持っている。彼に対し、これだけの対抗軍(が必要である)」と考えて、軍隊を起用すべきである、と論じられている。優勢を期して戦争を始まれば、有利な場所、有利な時期に敵軍と戦闘することが望ましいが、軍隊の行動のことだけを考えることは危ういとも指摘されている。後方において謀叛が起こる危険にも考慮し、疑わしい人間を近くに連れて進軍するか、その人間の家族を伴って進軍すべきだと論じられている。反対に、敵の陣営の内部に間者を送り込み、分断させる工作についても述べられており、こうした手段を工夫することで最小限の被害、危険で目的を達することができるとされている。

著作

著作『実利論』には優れた翻訳があり、すべて日本語で読むことが可能になっている。

  • 『実利論:古代インドの帝王学』全2巻、岩波書店、1984年

なお、古代インドの軍事史に関する最近の研究としては以下の文献がある。

  • Uma Prasad Thapliyal. 2010. Warfare in Ancient India: Organizational and Operational Dimensions, Manohar.