ウォルステッター

ウォルステッター

アルバート・ウォルステッター(Albert James Wohlstetter, 1913年12月19日 - 1997年1月10日)はアメリカの政治学者、コンサルタントである。核戦略の分野において研究業績を残し、非脆弱性やフェイルセーフの概念を唱えたことで知られている。

経歴

1913年、アメリカのニューヨークでフィリップ・ウォルステッター(Philip Wohlstetter)と妻ネリー(Nellie)の第4子として生まれた。1931年、16歳の時にニューヨークのシティカレッジで学び始め、予備役将校の訓練を受けた。1934年にコロンビア・ロースクールに進学したが、その後の学業を通じて興味の対象は法学から哲学、特に科学哲学や論理学の方面に移った。1937年に修士号を取得してからは博士号の取得を目指し、米国社会科学研究会議の研究員として研究を続けていたが、1941年にアメリカが第二次世界大戦に参戦してからウォルステッターは政府や民間の仕事を転々とした。軍需生産委員会の顧問となり、やがてアトラス航空生産会社(Atlas Aircraft Products Company)に務め、品質管理の仕事に携わっていた。1945年に戦争が終わったが、博士号を取得することは断念し、全米住宅局(National Housing Administration)で働き、戦後にアメリカで発生した住宅の供給不足の問題への対応に当たっていた。

1951年、シンクタンクのランド(RAND Corporation)の経済部長だったチャールズ・ヒッチ(Charles Hitch)に非常勤顧問として雇われることになり、ウォルステッターは再び研究を再開することになった。当時、ランドは国防総省から受託研究を数多く請け負っており、ウォルステッターは核戦略、特に空軍基地の配置に関する問題を担当した。例えば、『戦略空軍基地の選定(Selection of Strategic Air Bases)』(1953)、『戦略空軍基地の選定と利用(Selection and the Use of Strategic Air Bases)』(1954)などの調査研究に携わっていた。1958年に開催された奇襲防止専門家会議でアメリカ代表団の顧問として選ばれ、1959年に発表された「壊れやすい恐怖の均衡(The Delicate Balance of Terror)」では当時のアメリカの核戦略の問題を指摘し、多くの研究者から注目を集めた。その後も核戦略を中心にランドで研究に従事しておりNATOにおける核兵器の運用の問題を取り上げた「核兵器の共有:NATOとN+1(Nuclear Sharing: NATO and the N + 1 Country)」(1961)もこの時期に書かれた。

ウォルステッターは1963年にランドを辞職し、カリフォルニア大学のロサンゼルス校、バークレー校を経て、1964年にシカゴ大学の政治学教授に就任した。この時期から核戦略から研究の範囲をさらに拡大するようになり、軍事技術の革新や弾道ミサイル防衛、アメリカ軍の部隊配置などの研究にも取り組んだ。「戦力、利益、新技術(Strength, Interest and New Technologies)」(1968)、「前へ急ぐのか、後ろに引き下がるのか(Racing Forward? Or Ambling Back?)」(1976)、「明確なルールの違反なき核爆弾の拡散(Spreading the Bomb without Quite Breaking the Rules)」(1977)などがその成果として残されている。ウォルステッターは1980年にシカゴ大学を去ったが、それ以降も研究活動は続けており、例えば1988年にはヘンリー・キッシンジャーなどの核戦略の専門家とともに選別的抑止(discriminate deterrence)の問題を検討する統合長期戦略委員会(The Commission on Integrated Long Term Strategy)の検討作業にも参加した。

1997年、ロサンゼルスで死去した。

思想

ウォルステッターの研究成果で注目すべきは1958年にランドで執筆した「壊れやすい恐怖の均衡(The Delicate Balance of Terror)」である。この論文では抑止を目的とする核兵器が備えるべき性能を検討し、それを以下の6点に要約した。第一に、核兵器は合理的な経費で平時に運用することが可能でなければならない。第二に、敵の核攻撃を受けた場合を想定し、核兵器には残存性がなければならない。第三に、核兵器によって報復するための意思決定が迅速に実施され、かつその決定が部隊に通達できなければならない。

第四に、核兵器には任務の遂行に必要な燃料が配分され、敵地へ弾頭を運搬できなければならない。第五に、核兵器には敵の戦闘機と地対空ミサイルなどの防空能力を突破できなければならない。第六に、核兵器は敵が分散化、抗耐化などの防御的手段がとられたとしても、目標を破壊できるだけの威力を発揮できなければならない。これらの特性の中でウォルステッターが残存性として重視した性能は非脆弱性(invulnerability)と呼ばれており、その後の核戦略の研究において広く普及した用語である。

多種多様な核兵器の中でも非脆弱性で最も優れているのは潜水艦発射弾道ミサイルであると考えられており、陸上配備の大陸間弾道ミサイルについては偽装、隠蔽を徹底すると同時に、移動能力を付与することが必要であるとウォルステッターは指摘した。このような措置をとることによって、敵の核攻撃で味方の核兵器が損なわれる確率が低下するものと期待される。そうすれば、味方は敵に対して核兵器でより強力な報復を実施しやすくなるため、核戦争で敵が期待できる利得は悪化し、より抑止しやすくなる。以上の議論を総合すれば、核抑止を機能させるためには、核兵器を単に大量に保有しているだけでは不十分であることが分かる。

業績

ここで言及したウォルステッターの研究業績は次の論文集で読むことができる。

  • Robert Zarate; Henry Sokolski, eds. 2009. Nuclear Heuristics: Selected Writings of Albert and Roberta Wohlstetter. Strategic Studies Institute.

この文献はPDF版が無料で公開されており、不拡散政策教育局(Nonproliferation Policy Education Center)のプロジェクト「アルバート・ウォルステッター・ドットコム」(英語)で入手することができる。