イラク戦争でバグダッドを攻略した第三歩兵師団の戦闘が分かる『テイクダウン(Takedown)』の紹介

イラク戦争でバグダッドを攻略した第三歩兵師団の戦闘が分かる『テイクダウン(Takedown)』の紹介

2020年7月13日

はじめに

イラク戦争(2003~2011)でアメリカ軍はイラク軍と大規模な戦闘を各地で繰り広げました。この一連の戦闘で特に目立っていたアメリカ陸軍の部隊が第三歩兵師団でした。1917年に創設された歴史と伝統ある師団であり、イラク戦争ではクウェートの国境地帯から出発してから文字通り第一線でイラク軍と戦い続け、驚くべき速さでバグダッドを攻略しています。

退役軍人であり、記者でもあるジム・レイシー(Jim Lacey)は第三歩兵師団の関係者に対して大規模な面接調査を実施し、その成果を踏まえて当時の戦闘の推移を著作『テイクダウン:第三歩兵師団の二十一日に及ぶバグダッド強襲(Takedown: The 3rd Infantry Division's Twenty-One Day Assault on Baghdad)』(2007)で記述しています。

著作の狙いは、第三歩兵師団の立場からイラク軍を次々と撃破し、バグダッドを攻略した経緯を記述することです。第三歩兵師団はクウェート国境で攻勢を発起してから、5個のイラク軍の師団を立て続けに撃破し、21日でバグダッドに到達しました。この攻撃前進の速さを実現するために、師団としてどのように戦っていたのかを明らかにすることが、著者の基本的な関心となっています。

疑問を解き明かすために、著者は軍人の面接調査で得た証言と、既存の研究論文や出版された回顧録を組み合わせています。情報源はアメリカ軍の方に偏っているため注意が必要ですが、少数ではあるものの、イラク軍の関係者に対しても面接調査を行っています。

著者が語る第三歩兵師団の戦史は、基本的に3個の旅団戦闘団(Brigade Combat Team, BCT)の視点を交えながら展開されていると言えます。第一旅団はウィリアム・グリムスリー大佐(COL William Grimsley)の指揮でクウェートの国境地帯を複数の地点で同時に突破し、険しい地形に守られたナジャフを攻撃する際に近接航空支援がいかに重要だったかを振り返っています。

第二旅団は攻勢が始まった当初、サマラーを目標にして前進していましたが、指揮官のデイヴィッド・パーキンス大佐(COL David Perkins)は移動式の戦術作戦センター(tactical operation centers, TOC)を導入し、自分の指揮通信車から重機関銃を取り除かせて空いたスペースに火力支援の調整や無線通信を担当する人員を配置し、指揮能力を増強しました。

第三旅団のダニエル・アルリン大佐(Daniel Allyn)は、攻勢と同時にイラク空軍のタリル空軍基地を攻撃しているのですが、イラク軍の戦術能力を正しく把握し、あえてドクトリンに反する手順で攻撃を実施しました。その結果、基地奪取に成功しただけでなく、そこを防御していたイラク軍の師団を撃滅するという目覚ましい戦果を上げています。

第三歩兵師団の師団長であるビュフォード・ブラウント少将(Major General Buford Blount)は、この3名の旅団長を巧みに指揮し、ユーフラテス川に架かる橋を速やかに奪取することを最優先としていました。ブラウント少将は細かな統制を加えることを避け、部下が何をすべきかを自分で考えるように期待していました。

当時、イラク軍は第三歩兵師団に対して遅滞戦闘を実施しようとしていたことが分かっていますが、このブラウント少将の意図が旅団長に正しく理解されていたことあり、師団全体の攻撃前進が止まることはなく、最後まで速さを落とさなかったことが著者から高く評価されています。

この著作を読み進めれば、それを実現するために師団が徹底して攻撃前進の速さを追求していたことが分かります。第三歩兵師団の攻勢作戦は機動戦のドクトリンの応用例として非常に興味深い事例であり、師団長の下で活躍した旅団長の戦術能力にかかっていたことが見て取れます。ある意味において、この作戦を実際に遂行していたのは旅団長であったとさえ著者は見なしているほどです。

この著作で著者はアメリカ軍の装備の性能がイラク軍よりも勝っていたことは事実であるとしながらも、技術的なもので勝利を説明することはできないという立場をとっています。むしろ、昔ながらの戦術の原則に立ち返り、常に敵の先を制し、主導的地位を保ったことが、決定的な勝利に繋がったと論じています。

現代の陸上作戦における歩兵師団の戦術に興味を持ち、かつ機動戦のドクトリンの特徴を理解しようとする人であれば、この著作は詳細に検討する価値があり、戦術的状況を示した状況図は特に参考になります。

執筆:武内和人(Twitterアカウント