軍事司法制度を一から学ぶための入門書を紹介する

軍事司法制度を一から学ぶための入門書を紹介する

2019年9月21日投稿

はじめに

米兵が公務中に事件や事故を起こすと、それが日本国内で発生したとしても、軍事司法(military justice)の手続きに基づいて軍法会議(court-martial)で処理されます。

現代の日本には軍事司法制度が存在しないため、このような仕組みが存在すること自体が理解しにくいかもしれませんが、これは世界各国で採用されており、軍隊が規律を維持する上で非常に重要な役割を果たしています。

今回は、軍事司法制度をはじめて学ぶ人のために書かれた海外の入門書を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。

文献情報

軍事司法制度とは何か

軍事司法制度とは、軍隊の構成員が犯した犯罪を法によって裁くための特別な司法制度のことです。

一見すると、民間人の犯罪を裁く通常の刑事司法と同じような手続きに沿って行われているように見えますが、詳しく調べてみると、さまざまな違いがあることが分かります。

著者はこの相違点について次のように述べています。

「どちらの制度も犯罪を裁こうとするが、軍事司法は秩序を維持し、その軍隊の内部において規律を保持することをも目的としている。そこには数多くの条件を満たすことや、市民社会では考えられない禁止事項も含まれている」(Fidell 2016: 2)

つまり、軍事司法制度は軍隊の作戦行動の必要性という独自の観点から組み立てられた司法制度であり、その特異さのほとんどは軍事的な必要性によって説明することができます。

後述するように、軍事司法制度をめぐる研究者の議論は、その必要性をどの範囲まで認めるべきかという点をめぐって展開される傾向があるのです。

軍事司法制度の目的は軍隊の規律維持

軍事司法制度の重要な特徴として挙げられるのは、それが常に部隊の指揮系統を基本にして実施されることです。

軍隊の構成員は誰かの指揮下部隊に所属しています。指揮官は自分の部隊の規律を維持する手段として軍事司法制度に基づき軍法会議を開くことが認められています。

つまり、敵前逃亡や命令不服従などの軍事犯罪を認めた際に、それを告訴するかどうかについては、基本的に指揮官の判断に委ねられているのです(Ibid.: 9-10)。例えば、イギリス軍、アメリカ軍ではこの古典的な指揮官中心主義(commander-centric)が採用されてきました(Ibid.)。

それでも、軍事司法制度における指揮官の権限は制限される傾向です。例えば2013年に米軍の統一軍事法典(Uniform Code of Military Justice)が見直された際には、軍隊の指揮系統から外れた外部の人間でも告訴が認められるようになったことは、大きな変化だと言えます(Ibid.: 12)。

軍事犯罪の特殊性を考慮した裁判を行わなければならない

軍隊の規律を維持するために軍事司法制度が存在する以上、そこで適用される罰則は通常の刑法に比べてより厳しくなります。

例えば、通常の刑法にはない軍事犯罪の典型として、無断離隊(absence without leave, AWOL)、脱走・任務放棄(desertion)、敵前逃亡(cowardice)、不服従・命令拒否(mutiny)があります(Ibid.: 24, 42)。このような軍事犯罪を裁くためには、軍隊の作戦行動について理解しなければならず、これも軍事司法制度を考える上で重要な論点となります。

例えばカナダ軍の場合、国防大臣が任命した選考委員5名によって軍法会議の裁判官の候補者が審査されるのですが、選考委員のうち3名が軍人でなければならず、残りの2名は高等裁判所の元判事とカナダ弁護士会が指名した弁護士で構成されています(Ibid: 25)。

これは国防大臣が選考委員会を通じて軍事司法制度を統制することを可能にしている仕組みですが、選考委員の過半数を軍人にすることで、軍事的考慮が意思決定に反映されるようにしていることが分かります(Ibid.)。

この制度設計は軍事司法制度の独立性をどこまで認めるべきかという論点とかかわる部分であり、さまざまな議論があるところです。この論点に関連してグアンタナモ米軍基地における被収容者の人権侵害問題について著者は解説しています(Ch. 10)。

まとめ

日本では憲法改正の議論でも軍事司法制度が注目されることは多くありません。しかし、それは軍隊の規律を維持する方法を考える上で避けては通れない問題です。本書のような軍事司法制度の入門書が日本で見当たらない状況にあるということは残念なことです。

戦前の日本の軍事司法制度に関する研究成果も、まだ十分に蓄積されているとは言えない状況にあります(山本 2014)。この分野の調査研究をさらに前進させるためにも、軍事司法に対する関心を高めることが大事だと思います。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


参考文献

  • 山本政雄「旧陸海軍軍法会議制度の実態」軍事史学会編『軍事史学』50巻、1号、2014年6月、25-44頁