リデル・ハート

リデル・ハート

バジル・リデルハート(Basil Henry Liddell-Hart, 1895年10月31 日 - 1970年1月29日)はイギリスの陸軍軍人、軍事評論家である。『戦略論』において間接アプローチの概念を提唱したことや、核戦略の分野で通常戦力の重要性を指摘したことで知られている。

経歴

フランスのパリで英国会衆派教会の牧師の家に生まれた。ケンブリッジ大学に入学するが、1914年に第一次世界大戦が勃発すると陸軍に入隊し、キングス・オウン・ヨークシャー軽歩兵連隊(KOYL)で臨時将校として勤務することになり、西部戦線で従軍した。ソンムの戦いで負傷した際に後送され、休養中に終戦を迎えた。この休養を利用して小隊戦術に関する小冊子を執筆し、後に陸軍に提出された(1917年)。この研究成果が評価されたことによって、リデル・ハートは陸軍の野戦教範を執筆することになる。1922年から新しく創設された教育団の教官に就任したが、自説に固執し、主張を曲げない性格の強さがあり、1924年には陸軍を退くことを決めた。

退役後、『モーニング・ポスト』と『デイリー・テレグラフ』の特派員として働きながら、著述業に専念するようになり、1929年には『歴史における決定的戦争(The Decisive Wars of History)』を出版している。1935年からは『タイムズ』の仕事も引き受けるようになり、また同時期から陸軍大臣のホーア・べリシアの非公式顧問として助言を与えていた。1941年に出版した『戦略論(Strategy: The Indirect Approach)』は間接アプローチという新しい概念を導入した挑戦的な研究だったものの、当時の機動戦の研究に重要な影響を及ぼした。第二次世界大戦が終結してからオックスフォード大学の軍事史教授のポストを獲得しようとするも失敗し、その後は軍事史の研究に専念した。1966年に騎士の称号が与えられ、1970年に死去した。

思想

リデル・ハートの研究業績で最もよく知られているのは『戦略論』において、直接アプローチ(direct approach)と間接アプローチ(indirect approach)という分類を戦略学に導入し、それで戦略の効果を評価できることを論じたことである。直接アプローチとは敵が防御を固める正面に対して味方の戦力を指向する戦略を、間接アプローチは敵が防御を固めていない正面に対して味方の戦力を指向する戦略をそれぞれ意味している。リデル・ハートは敵が予期しない方向で戦闘を挑む間接アプローチの優越を主張し、現代の機動戦略の研究動向に大きな影響を与えた。

第二次世界大戦が終結してからは核戦略の研究にも取り組んでおり、特に核戦略の分析で成果を残している。1950年代、アメリカ軍はソ連軍が圧倒的な数的優勢にものをいわせて侵攻することを抑止するため、核兵器を用いた反撃を掲げる大量報復戦略を採用していた。しかし、リデル・ハートはこのような全面戦争を前提にした核抑止を行おうとすれば、ソ連は核兵器で反撃されない手段、方法によって浸透を図ると予想した。その見解によれば、核抑止においても通常戦力は必要であり、核戦力と通常戦力を組み合わせた抑止力の構築が必要とされている(核戦力は通常戦力の代わりにならない『抑止か、防衛か』(1960)の紹介)。

主著

リデル・ハートの著作は軍事史を中心に数が多いが、歴史的に最も重要な業績は『戦略論』であり、日本語で読むこともできる。1971年に出た翻訳があるが、2010年に新訳が出ているため、これから研究しようとする場合は、こちらを参照した方がよい。また核戦略に関しては『Deterrence or Defense』(1960)で関連する論文が読める。

  • リデル・ハート『戦略論:間接的アプローチ』全2巻、市川良一訳、原書房、2010年

  • リデル・ハート『戦略論:間接的アプローチ』森沢亀鶴訳、原書房、1971年(新装版1986年)

  • Liddell Hart, B. H. 1960. Deterrent or Defense: A Fresh Look at the West's Military Position. Frederick A. Praeger.