核兵器の時代では敵軍の撃滅よりも、戦争を限定することが戦略として重視される

核兵器の時代では敵軍の撃滅よりも、戦争を限定することが戦略として重視される

2020年10月22日

1945年以降の戦略の研究が、それまでとは大きく異なっているのは、核兵器の存在を前提としていることです。

ひとたび大国間で核兵器を使用した戦争が勃発するようなことになれば、双方ともに政治的、経済的に許容できない被害が出ることは必至です。そのため、戦略の研究においても、核兵器が存在する状況においては、武力を行使することになったとしても、核戦争に至らせないように政治的に考慮することが必要となります。

今回は、アメリカの政治学者ロバート・オズグッド(Robert Osgood)の古典的著作『限定戦争;アメリカの戦略への挑戦(Limited War: The Challenge to American Strategy)』(1957)の内容を紹介し、現代の軍事学の研究で戦争の規模や様相を制限する戦略のあり方が研究されていることを紹介したいと思います。

武力の行使を政治によって厳格に統制した限定戦争の必要性

核保有国間で武力紛争が引き起こされた場合、その戦争の規模がエスカレートすることを未然に防止することが政策的に重要な問題になります。

オズグッドはこの問題を解決するためには、相手国に対して自国の戦争目的があくまでも限定的、特定的なものであって、例えば相手国を完全に武力で打倒し、支配下に置くようなことを目指しているわけではないことを明確に知らせるべきであると考えました(Osgood 1957: 24)。このような情報を相手国に伝えておけば、相手国は自国と交渉の余地があると考えるので、相手国としても自国と武力によって最終的な決着をつけようとはしなくなると期待されます。

それだけでなく、オズグッドは戦時下においても自国の外交官が相手国と絶えず連絡を保つように努力すべきであると主張しており、いわば軍事作戦と外交交渉を同時並行的に進める方式を採るべきだと主張しています(Ibid.)。これは、いったん、戦局が拡大を始めたならば、外交的手段で解決することが難しくなる恐れがあるためであり、少なくとも接触を保つことが望ましいとオズグッドは考えました(Ibid.)。

さらにオズグッドは、政治家が意図した目的を達成するため、戦争の軍事的な側面を厳しく統制すべきであるとも述べています。戦争を政治的に統制できる機会は、戦争が拡大するのに従って減少する傾向にあり、反対に戦争が縮小するのに従って増加すると考えられたためでした(Ibid.)。

オズグッドが論じる限定戦争の戦略思想は、戦争で敵軍の兵力を徹底的に撃滅する意義を強調する戦略思想とまったく異質なものです。限定戦争では、敵と味方がそれぞれ一定の限度を保ちながら軍事行動をとっているので、その限度を超えた積極的行動をとることは、相手国に自国の政治的意図を誤解させる恐れがあります。つまり、その後の外交交渉を困難にしてしまい、事態を核戦争へとエスカレートさせる危険があるため、戦略的に有利とは言えないのです。オズグッドは次のように新時代の戦略の特徴を説明しています。

「限定戦争を正当化する最も重要な根拠は、国家政策の合理的な手段としての軍事力の効果的な使用の機会を最大化するという事実にある。この根拠に従えば、限定戦争は核兵器が開発されていなくても、同程度に望ましいものだったはずである。ところが核兵器をはじめとする大量破壊兵器の存在は、限定の必要性をはっきりと高めている。核兵器が登場する以前の時代であれば、国家は全面戦争を遂行しながらその犠牲に見合う価値のある目的を達成できた。ところが今や核戦争で生じる甚大な破壊力により、そのような戦争を遂行することを想定する事さえ難しくなった」(Ibid.: 26)

まとめ

限定戦争(限定的な核兵器使用)の研究として知られているヘンリー・キッシンジャーの『核兵器と外交政策(Nuclear Weapons and Foreign Policy)』(1957)という著作も、このオズグッドの著作と同時期に出版されています。オズグッドは1950年代に限定戦争の考え方を普及させた功労者であり、彼の戦略思想は時代の要請に答えるタイムリーなものであったと言えるでしょう。

その後、限定戦争の研究は、トーマス・シェリングの『紛争の戦略(The Strategy of Conflict)』(1963)や、ハーマン・カーンの『エスカレーション論(On Escalation)』(1965)などに引き継がれていきましたが、オズグッド自身も1979年に『限定戦争』の改訂版を出版するなど、研究成果を出し続けています。旧版も新版も長らく入手が困難になっていますが、RoutledgeがKindle版を出しており、現在はそれほど入手は難しくなくなっています。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント