対反乱作戦における世論調査の難しさが指摘される

対反乱作戦における世論調査の難しさが指摘される

2019年11月26日投稿

はじめに

かつてアフガニスタン紛争で対反乱作戦の効果を向上させると期待された戦術紛争評価フレームワーク(Tactical Conflict Assessment Framework, TCAF)というサーベイ調査の方法があります。

これは現地住民の世論動向を探るために考案されたアンケートによる世論調査の一種であり、大量のデータを収集することで政治情勢の変化を定量的に把握することを目的としています。2008年3月、イギリス軍がヘルマンド州でタリバンとの戦いを通じて研究開発されました。

対反乱作戦では、住民のニーズに沿った民生支援を的確に実施することが戦局を大きく左右することがあるため、TCAFのような手法は対反乱作戦の専門家に注目され、実際に州都ラシュカルガ―で成果を上げました。

この時の実績は2008年の夏に論文として発表され、研究者にも知られるようになったのですが、実は現地でこの手法が2008年8月に放棄されていたのです。

今回の記事では、紛争地域における世論調査の限界についてアフガニスタンの経験を踏まえて考察した論文を取り上げ、紹介したいと思います。これは当時のアフガニスタン紛争で従軍していた軍人と文官の報告でもあります。

論文情報

David Wilson & Gareth E Conway (2009) The Tactical Conflict Assessment Framework: A Short-lived Panacea, The RUSI Journal, 154:1, 10-15, DOI: 10.1080/03071840902818548

発展途上国における世論調査の難しさ

この論文の著者の一人、デイヴィッド・ウィルソン陸軍中佐は2008年4月から10月までヘルマンド州の任務部隊で指揮をとった当事者です。

もう一人の著者、文官のガレス・コンウェイは心理学で博士号を持つ研究者であり、サーベイ調査に関する専門知識で対反乱作戦の支援に当たるため、ヘルマンド州に設置された司令部で勤務していました。

当初、彼らはTCAFをヘルマンド州の州都のみならず、全州の住民を対象に実施し、政治状況を定量的に分析することで、タリバンに対する作戦を有利に進めようと考えていました。

しかし、2008年4月にヘルマンド州に展開し、タリバンと戦った第16空挺強襲旅団がこの調査業務を開始すると、さまざまな困難に直面することになります。

これは当たり前のことに思われるかもしれませんが、TCAFはアンケートに回答する不特定多数の協力者を必要としていました。もしこれをヘルマンド州の州都だけでなく、地方でも実施するとなれば、どのようにして協力者にアンケートを配布するかが問題となります。

当時のヘルマンド州の地方では郵便、電話、ネットといった通信手段が皆無に等しい状況でしたので、旅団はアンケート用紙を持たせた部隊を各地に派遣しました。しかし、この措置は新たな課題を引き起こしてしまいます。

紛争地域において科学的な面接調査を実行する限界

まず、ヘルマンド州の住民は地方へ行くほど識字率が低くなる傾向がありました。そこで、現地に派遣された部隊はTCAFのためにはアンケート用紙を兵士が読み上げ、調査に協力する住民がそれに答える形式で実施されることになりました。

ところが、アフガニスタンは部族ごとに言語が異なるため、通訳を通して質問しなければなりません。つまり、兵士が英語で読み上げた質問文を通訳がどのような質問文に組み替えるべきかを一貫させることが難しかったのです。これは調査の結果にバイアスを生む恐れがありました。

さらに調査員として必要な知識や訓練が不足していた兵士は、協力者と面接する場所や時間、状況を適切に統制することができておらず、質問の仕方にも微妙な違いが生じていました。これも調査の結果を歪める要因となるものです。

また、調査を受けた現地の住民は保身のためか、イギリス軍の兵士が喜びそうな回答をする傾向があったということも著者らは指摘しています。住民は戦闘が続く地域にいる以上、保護を受けるためには相手によく思われたいという心理が働きます。

そもそもイギリス軍に対して敵意を持っている住民は、このアンケート調査に協力しようともしませんでした。その反対として、イギリス軍に好意を持っている住民は積極的に調査に協力しようとするので、最終的に得られたデータがひどく偏ってしまうという問題が生じていました。

現地の戦闘状況が流動的なこともあり、調査員は限られた時間の制約で必要な調査をすべて完了することができないことも珍しくなかったようですが、通常のサーベイ調査では、データの新しさを一定に保つために、ある期間内で完了させることが必要です。したがって、データそれ自体が使い物にならないことも問題でした。

反省点とその後の改善方法について

著者らの報告で興味深いのは、TCAFの調査に思いがけない深刻な政治的な副作用があったという点です。

現地の住民の中にはTCAFを通じて自分たちがイギリス軍に求めているものが何かを伝えたはずなのに、いつまで経ってもそれが得られないことにいら立ち始めました。TCAFが結果として旅団と地元との信頼関係を損なう事態となったため、2008年8月を最後に調査は中止されました。

その後、旅団は各地の有力者、部族長との面談という伝統的な手法に回帰しており、これは地域の社会構造に対する理解を改善する上で大いに役立ったと報告されています。この経験では定量的アプローチの限界を定性的アプローチで補完することの重要性が示唆されています。

著者らは世論調査の意義を一概に否定しているわけではありません。著者らはTCAFがヘルマンド州の戦闘で中止された経緯があったものの、このような世論調査が持つ価値については重視する必要があると述べています。

ただし、社会科学で確立された定量的なアンケート調査の手法を軍事的環境に導入しようとする場合、その実施段階で慎重な判断が必要になることに注意すべきでしょう。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


参考文献

  • James Holland, ‘The Way Ahead in Afghanistan’ in RUSI Journal (Vol. 153, No. 3, August 2008), pp. 46–50.

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