なぜ米陸軍は2017年に野戦教範『FM3-0: 作戦』を改定しなければならなかったのか

なぜ米陸軍は2017年に野戦教範『FM3-0: 作戦』を改定しなければならなかったのか

2019年9月1日投稿

はじめに

2017年10月、米陸軍は新たな『野戦教範(Field Manual)3-0: 作戦』(以下、『作戦』)を発表し、これを新しいドクトリンの基礎として位置付けました。

  • U.S. Department of the Army, FM 3-0 Operations, Washington, D.C.: U.S. Department of the Army, 2017.

これは2001年以来、アフガニスタンやイラクにおいて米軍がテロリスト集団、非国家主体を対象とする対反乱作戦、対テロ作戦のためのドクトリンを抜本的に変え、国家の軍隊に対する正規戦を準備する取り組みとして考えられています。

しかし、このような変更が必要だった理由は何だったのでしょうか。今回は、米陸軍が新たな教範を策定するに至った背景や経緯について紹介した研究を取り上げたいと思います。

論文情報

2017年に新しく発表された『作戦』は大規模戦闘作戦(Large-Scale Combat Operation, LSCS)に焦点を合わせたドクトリンを示す教範であり、核兵器、生物化学兵器の使用を含む高烈度紛争が想定されている。

もはや米軍に明確な優位性がなくなっている

論文の著者らはロシア軍との比較を通じて、新たな教範が取り組んでいる米軍の課題を説明しています。

装備の近代化を進める中でロシア軍は大隊から師団に至る各部隊に統合防空システム(Integrated Air Defense System, IADS)の配備を進め、戦場で地上部隊が敵の航空攻撃に対処できる態勢を強化しつつあります。

さらに16種類の無人航空機の試験運用もロシア軍では始まっており、旅団のレベルで前方200kmから500kmの範囲を空中から偵察できることが報告されています。しかし、米軍の方では師団レベルで運用されている無人航空機でも、150kmの範囲しか偵察できません。

さらにロシア軍は長射程の武器を最大限に活用することが構想されているとも指摘されており、『作戦』では「敵は集中射によって味方を撃滅できる障害、陣地、地形を組み合わせることで味方部隊を遅滞、攪乱しようとする」と述べられています。

ロシア軍には34kmを有効射程とする自走榴弾砲2S19M1がありますが、米軍が保有する自走榴弾砲M109A6には24kmの射程しかないので、先ほどの偵察能力の差を利用すれば、ロシア軍は米軍の部隊に対して射程圏外から射撃する可能性があります。

それ以外にもロシア軍はその情報戦の能力を駆使することも考慮しなければなりません。ロシア軍は2014年のウクライナ紛争でクリミアに部隊を派遣した際に、ウクライナ軍の兵士の家族に危害を加えることを示唆することで、彼らの任務遂行を妨害しました。

こうした方法で対抗する勢力と戦うためには、米軍のドクトリンを見直すことが必要だったと著者らは述べています。

『作戦』に示された大規模戦闘作戦の概念図の一つ。敵が第一線部隊の防御線を突破するだけでなく、師団司令部が配置されている後方地域へ進出する状況が想定されている。(FM 3-0: 6-7)

2017年の『作戦』を足掛かりに米軍の改革が模索されている

現在、米軍は改めてロシア軍との戦闘を想定したドクトリンの研究に乗り出そうとしていますが、著者らはまだ議論が過去に比べて活発になっていないことを憂慮しています。

2001年以来、米軍はアフガニスタンとイラクでの作戦を遂行するため、あらゆる資源を投入してきました。

このため、2001年から2010年までの10年にわたって米軍の近代化の取り組みは対テロ作戦や対反乱作戦のために編成、装備、ドクトリンなどが最適化されてしまいました。

2011年にそれまでの野戦教範の使用が停止されたことで、こうした傾向に歯止めがかけられ、2016年に陸軍参謀総長の指示によって米軍と同程度の能力を備えた軍事的脅威に対処できるドクトリンの研究が始まりました。

2017年に発表された『作戦』は、この新方針に基づいて策定された教範であり、この教範を通じて陸軍に新しいイノベーションを起こさなければならないと著者らは強調しています。例えば、戦略機動力に関しては早急に検討すべきだとして次のように指摘しています。

「(1990年から1991年の湾岸戦争における)砂漠の盾作戦、砂漠の嵐作戦の後で、米陸軍は部隊を展開する速さが遅すぎるという問題を解決するための方策を探し始めた。5個師団を展開するためにおよそ150日、全部隊を展開するために205日を要するというのは、あまりにも長すぎるように思われる。展開の準備時間を大幅に短縮するために、施設から戦略機動のための装備までを徹底的に見直すことが米陸軍に求められている」

もちろん、ドクトリンは米軍の態勢を規定する一要因でしかないので、著者らが目指す改革が『作戦』だけで実現するわけではありません。しかし、それを変えることによって米軍の組織、装備、ドクトリンなどにも影響を広げ、イノベーションを起こすことが期待されているようです。

まとめ

2014年のウクライナ紛争でロシアが武力行使に踏み切ったことを受けて、米国の国防政策、軍事戦略、作戦構想が大きく変わろうとしており、ドクトリンの修正のために新しく改定された『作戦』を発表する必要があったことが伺われます。

この論文が発表された2019年の時点で米軍は新しい『作戦』に依拠した教育訓練に乗り出しているようであり、米陸軍諸職種協同センター(U.S. Army Combined Arms Centere)が中心となって実証的研究に入っているようです。

著者らが意図するようなイノベーションが実現するかどうかはまだはっきりしていません。しかし、少なくとも米軍として次の戦争で敵になるのがテロリストやゲリラのような形態ではないと予測して動き出していることは確かです。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


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