ロシアの脅威が高まる中、バルト海が注目されている

ロシアの脅威が高まる中、バルト海が注目されている

2019年10月11日投稿

はじめに

ヨーロッパでロシアの脅威が広く認識されたのは2014年のウクライナ紛争以降のことです。北大西洋条約機構が中心となって軍事的対応が進められていますが、必ずしも十分なレベルの抑止力を達成できておらず、アメリカが中心となってさらに軍事上の措置を強化しなければならないという議論も出ています。

こうした状況で注目されているのがバルト海の軍事情勢であり、この海域でロシア軍が武力攻撃に出てくれば、どのような事態が起こりえるか検討が行われています。

今回は、軍事地理学の立場からバルト海を検討した成果を紹介し、バルト海におけるロシア軍の可能行動について考えてみましょう。

バルト海(Batlic Sea)周辺地域の地図。ロシアの飛び地であるカリーニングラード州(Kaliningrad)が太線で示されており、その南方に伸びるスヴァウキ・ギャップ(Suwałki gap)が点線で示されている(後述)。またカリーニングラードを取り囲む三つの要点として、ゴトランド島(Gotland)、オーランド諸島(Aland Islands)、ボーンホルム島(Bornholm)も太線で示されている。(Giles and Boulegue 2019: 18)

ロシアにはバルト海に面するカリーニングラードがある

ロシア軍の立場からバルト海を眺めると、その海域が飛び地のカリーニングラード(Kaliningrad)に配備された部隊の勢力圏に組み込まれていることが分かります。

カリーニングラードの海軍基地にはロシア海軍のバルト海艦隊が配備されており、隣接するポーランド、リトアニアの沿岸部だけでなく、バルト海を挟んで対岸に位置するフィンランドの沿岸部を見渡すことが可能であり、それは前方防衛のための戦略陣地として活用することができます。

したがって、アメリカをはじめとするNATOの加盟国の立場としては、有事の際にカリーニングラードを起点とするロシアの勢力拡張の動きに対抗する必要があります。

カリーニングラードを無力化しようとする場合、NATOはこれを陸上国境から包囲し、孤立させる戦略を考えることができるのですが、そこで新たな問題となるのがポーランドとリトアニアの国境に位置するスヴァウキ・ギャップ(Suwałki gap)と呼ばれる間隙です。

ロシア軍は戦時になれば、カリーニングラードに配備された地上部隊を動かし、NATOの一員であるポーランドとリトアニアを分断するため、この間隙を突く可能性が指摘されています。もしベラルーシがロシアの側につく場合でも同様の問題があり、この線がロシア軍に確保されれば、NATOはカリーニングラードを包囲、奪取するどころか、リトアニア以北のバルト三国をロシア軍に奪われかねません。

スヴァウキ・ギャップの距離は100キロメートルにも満たない狭い間隙なのですが、将来のNATOの対ロ戦略を考える上で大きな注意を要する地域となっています。

2014年にバルト海で実施された演習バルトップス(Baltic Operations, BALTOPS)の様子。アメリカ軍の第六艦隊が中心となって毎年実施している。(U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Luis R. Chavez Jr)

ゴトランド島、オーランド諸島、ボーンホルム島は要注意

カリーニングラードから海上に目を向けましょう。

カリーニングラードを海上封鎖しようとする場合、スウェーデン領のゴトランド島(Gotland)、オーランド諸島(Åland Islands)、デンマーク領のボーンホルム島(Bornholm)が戦略的に重要な位置を占めており、戦時にロシア軍の海上戦力、航空戦力の脅威に晒される可能性があります。

ゴトランド島はスウェーデンの領土であり、2016年以降にスウェーデン軍が地対空ミサイル部隊を配備して防衛態勢を強化しつつあります。この島を確保しておけば、それだけでカリーニングラード海軍基地から出撃するバルト海艦隊の動きはかなりの制約を受けることになります。

ただし、NATOの立場から見て注意を要するのは、スウェーデンがNATOの加盟国ではない、という事実です。スウェーデンは中立の立場を採用しているため、ゴトランド島にNATOの部隊を駐留させることはできません。

もしスウェーデンがNATOに加盟することになれば、それはゴトランド島をめぐるNATOとロシアの対立にスウェーデンが巻き込まれることになるでしょう。ロシア軍が行動をエスカレートさせる恐れがあることも考慮しなければなりません。

同様の問題はオーランド諸島、ボーンホルム島にも当てはまります。ただし、フィンランドは領有するオーランド諸島に部隊を配備していません。これは非武装地帯として指定されているためであり、軍事的には緩衝地帯として機能しています。

また、ボーンホルム島については、ここを領有するデンマークがNATOの一員であるため、相対的に抑止の態勢が整っていると言えます。デンマークの領土をロシアが攻撃すれば、北大西洋条約の5条に該当する事態、「(加盟国の)一国ないし二国以上に対する武装攻撃は全ての(加盟)国に対する攻撃と見なす」に該当するため、アメリカ軍の部隊が出動します。

むすびにかえて

バルト海はスカゲラク海峡を通じて北海に通じる重要な海域です。そして、カリーニングラードにあるロシア軍の基地はこの海域におけるロシアの勢力を維持する上で戦略的に重要な機能を持っています。

NATOが地上と海上の両方から封鎖を図ろうとしても、それは容易なことではなく、スヴァウキ・ギャップをロシア軍に突破される可能性や、NATOに加盟しないスウェーデンが領有するゴトランド島を奪取してくる事態を予測しておかなければなりません。

ロシアがどのような行動に出てくるかを考える上でも、またNATOとして選択可能な対抗措置を考える上でも、ここで述べたバルト海の地理的環境を理解しておかなければならないでしょう。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


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参考文献

  • Keir Giles and Mathieu Boulegue, Russia's A2/AD Capabilities: Real and Imagined, Parameters, 49(1-2), Spring-Summer 2019, 21-36.