クラウゼヴィッツは費用対効果の分析を通じて歩兵、騎兵、砲兵の特性を考察していた

クラウゼヴィッツは費用対効果の分析を通じて歩兵、騎兵、砲兵の特性を考察していた

2020年11月18日

19世紀のプロイセン軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは、『戦争論』の中で歩兵、騎兵、砲兵という異なる兵科を連合した編成、つまり諸兵科連合(combined arms)の有効性を指摘したことがあります。当時の諸兵科連合の考え方はまだ硬直的なものであり、軍の歩兵、騎兵、砲兵の比率を一定に保つことが戦闘力の発揮において重要であるという説がありました。クラウゼヴィッツはその最適な比を見つけることは不可能に近いと批判し、より柔軟な発想で諸兵科連合を考えることを提案しています。

今回は、クラウゼヴィッツが歩兵、騎兵、砲兵の特性をどのように分析していたのかを紹介し、その上で彼が当時の通説をいかに批判していたのかを紹介してみたいと思います。

歩兵、騎兵、砲兵の費用の定量分析

クラウゼヴィッツは陸軍における歩兵、騎兵、砲兵の比率を合理的に見直していく必要があるという考えの持ち主でした。当時は、過去の戦闘で得られた経験や慣用に依拠して歩兵、騎兵、砲兵の比率を決定すべきであるという考え方があったのですが、クラウゼヴィッツはそのような議論が根拠に乏しいのではないかと主張しています。

「経験の教えるところに従うのが順当であると考え、三兵種間の比を確定するに十分な根拠を戦史に見出すことができる、と主張する論者がある。しかし、かかる所論はけっきょく一場の空言であって、なんら根本的、必然的な基礎をもつものではない」(邦訳、中巻126頁)

この問題を考えるためには、費用と効果を分析することが必要ですが、数値化しやすい費用は別として、歩兵、騎兵、砲兵の効果を数値化することは容易なことではなく、客観的な分析を展開できないと指摘しています。ただし、歩兵、騎兵、砲兵を維持するための経費に大きな違いがあることについてはしっかりと指摘しており、

  • 150頭の馬匹を備えた騎兵中隊1個

  • 800名の人員からなる歩兵大隊1個

  • 火砲8門を有する砲兵中隊1個

以上の3者の維持にはほとんど同程度の費用がかかることを突き止めています(同上、125-6頁)。これらを比較すれば、歩兵部隊を維持するためにかかる費用の小ささが際立っています。

歩兵、騎兵、砲兵の効果の定性分析

クラウゼヴィッツは次に、歩兵、騎兵、砲兵がそれぞれの特性に応じて能力を発揮した場合、戦闘における部隊の行動にどのような影響が生じてくるかを定性的に分析しています。定量分析を用いなかったのは、歩兵、騎兵、砲兵の効果を定量的に比較するための判断基準を設定することが難しいためです。

まず、砲兵の比率が大きくなれば、「軍事的行動は押しなべて守勢的、受動的性格を帯びざるを得ない」と評価されています(同上、128頁)。なぜなら、砲兵は射撃に適した陣地を占領することが大前提であるため、砲兵の運用では自然と地形を利用した天然障害に依拠した防御の態勢をとらざるを得ないためです。結果として、「こうして戦争は、いわば荘重で正確なメヌエット風の歩法で行われるのである」とクラウゼヴィッツは表現しています(同上)。この場合、戦闘間に部隊を自由自在に機動させることはほとんどありません。

しかし、騎兵の比率が大きくなれば、攻撃や運動がより活発に行われるようになり、「戦争は多種多様な形態をとり、また動きの多い仕方で行われる」ことになります(同上)。騎兵は広大な平野を活発な機動で制圧し、敵の側面や背後に回り込むことができます。敵と味方の距離が離れていたとしても、味方の騎兵が優勢な場合は、味方だけが休息をとることが容易できますが、敵はいつ敵の騎兵に襲撃されてもおかしくないため、休息をとることが困難になります(同上、128-9頁)。

騎兵が優れている機動力と砲兵が優れている火力をそれぞれ部分的に兼備しているのが歩兵です。つまり、歩兵は攻撃にも防御にも適したバランスのよい兵種だと言えます。クラウゼヴィッツは「戦争における基本的兵力をこれら三通りの兵種に配当すると、歩兵は他の二兵種に比して用途が広汎な点ですぐれている」と述べています(同上、123頁)。また歩兵は騎兵、あるいは砲兵と連合すると戦闘力が増大しやすいことも指摘されています(同上、123-4頁)。歩兵を中心とした運用では、「敵に接近したまま眼前に敵を見据え」、「性急な運動を避け、緊密に終結された大部隊をもって徐々に移動を試みること」、「防御を建前とし、努めて断絶地を利用し、また攻撃を行わねばならぬ場合には、一気に敵軍の重心を突くこと」が原則となってきます。

騎兵の価値は相対的に低いと考えられていた

クラウゼヴィッツの議論で注目されるのは、歩兵、騎兵、砲兵で整備の優先順位が高いのは歩兵であり、次に砲兵が来るとして、騎兵が相対的に重要ではないとされていたことです。これは「騎兵は三兵種の中で必要性の最も少ない兵種である」という記述からも分かります(同上、124頁)。

その理由は、騎兵が維持する費用が非常に重いにもかかわらず、戦闘における効果は砲兵より劣っていると評価されたためです。「例えば1万の騎兵を維持する費用をもって、5万の歩兵を維持し得ることを考えてみるがよい」とクラウゼヴィッツは述べています(同上、127頁)。あるいは、歩兵の戦闘力を手っ取り早く強化する方法として、砲兵を増強した方が所要の人員も少なくて済むとも論じられています(同上、130頁)。

このような見解は、当時のヨーロッパ列強で有力だった考え方に対する挑戦でもありました。クラウゼヴィッツはそもそも騎兵がヨーロッパの陸軍の歴史において実力以上に重視されてきた可能性があるして、特に騎兵に対する歩兵の比率を抜本的に見直す必要がある可能性があることを示しています。

クラウゼヴィッツは中世のヨーロッパにおける騎兵は「国民のうちの選良から成る強力な兵種」であり、兵力の数としては歩兵に及ばなくても、「常に主要な戦闘力と見なされていた」ことは認めています(同上、132頁)。騎兵に対する歩兵の地位は低く、軍事的記録にその兵力が記されることもあまり多くありませんでした(同上)。クラウゼヴィッツの調べによれば、当時の小規模な軍における騎兵と歩兵の比率は1:1であり、大規模な軍になるとこの比率は1:3程度に変化することはあったようです(同上)。また、ドイツ、イタリアなどでは騎兵だけで小規模な軍が編成された例もあったようであり、やはり軍の主力は騎兵であったと言わなければなりません。

しかし、歩兵が火器を装備するようになると、騎兵の重要性は大幅に減退しました。これは単に火器の開発が進んだだけでなく、火器を装備した部隊を運用する方法が発達したためでもあります(同上、133頁)。しかし、騎兵は依然として歩兵に対して一定の比で保持されていました。これは軍事的な理由で説明がつかず、中世において確立された騎兵の地位が形式的に維持されているためではないかとクラウゼヴィッツは考えました。

少なくともオーストリア継承戦争このかた、歩兵に対する騎兵の比にまったく変動がなく、常に歩兵の4分の1、5分の1ないし6分の1のあいだを上下してきたことは注目に値する。それだからこの比こそ両兵種に対する必要をいささかも無理がなく最も自然的に充たすものであり、この数値は直接に割り出すことのできるものでないというふうに考えられるかも知れない。しかし果たしてそうであるかどうかは疑わしい。むしろ騎兵がなお多数であるということには何か別の動機があり、またこれらの動機は極めて多くの事例によって明らかにされている、という方が当たっているであろう」(同上、134頁)

述べられているオーストリア継承戦争は1740年から1748年にかけて起きた戦争です。その後の1754年から1763年までの七年戦争においても、プロイセン軍の騎兵は歩兵の4分の1を少し上回る比率で維持されていました(同上、135頁)。

将来的に騎兵は削減されるとの予測

ところが、ナポレオン戦争においては、敵よりはるかに少ない騎兵しか保持していない側の軍が勝利を収める事例がありました。これは騎兵を一定の比率で整備しなければならないという議論に対する反証となります。

1813年5月に起きたグロースゲルシェンの戦いでは、ナポレオンが率いた軍の兵力は10万であり、騎兵はそのうち5000に過ぎなかったものの、勝利を収めています(同上)。ナポレオンに対する連合軍の兵力は7万であり、騎兵は2万5000、歩兵は4万余りでした。したがって、ナポレオンの方が騎兵の規模で2万ほど劣勢であり、歩兵の規模で5万ほど優勢だったということになります(同上)。

もし従来の考え方で歩兵に対する騎兵の規模は5分の1程度確保すべきであるならば、ナポレオンは2万の騎兵の不足をどのように補ったのかを説明しなければなりません。しかし、クラウゼヴィッツはこのような比率に基づいてナポレオンの勝因を説明することに意味はなく、騎兵と歩兵の比率に関する従来の考え方が「両兵種のそれぞれの絶対的価値だけから自然的に発生したという見方には、難色を示さざるを得ない」としています(同上、136頁)。

また、将来的には「騎兵がその重要性を次第に失う方向に変化し」、騎兵の定数削減になるのではないかと予測しています(同上、136頁)。クラウゼヴィッツが費用と効果の分析を踏まえ、騎兵の将来性に疑問を提起していたことは興味深いところだと思います。

むすびにかえて

ここで紹介したクラウゼヴィッツの議論は、有限な軍事的資源を最適な比率で配分する問題に取り組んだ試みとして位置づけることができるでしょう。現代の軍事学では費用分析はありふれたものになっていますが、当時このような分析が展開されることは軍事学の歴史においても珍しいことでした。歩兵、騎兵、砲兵の効果の評価に関しては定性分析のアプローチをとっているので、クラウゼヴィッツ自身がその客観性に限界があることを述べていますが、その方法論には現代の研究にも通じるものがあります。

クラウゼヴィッツは分析の中で歩兵、騎兵、砲兵のそれぞれの特性を客観的に把握しようとしているだけでなく、可能な限り数値的な根拠を示そうと努力していることも特筆に値します。当時はまだ火力指数のような指数を使って部隊の戦闘力を数値化するというオペレーションズ・リサーチの手法が開発されてはいませんでした。しかし、クラウゼヴィッツが記した歩兵、騎兵、砲兵の費用の比較は当時の兵力構成を理解する上で貴重な参考資料です。現代の軍事学に通じる分析であるだけでなく、軍事史を研究する人々にとっても有益な情報を提供していると思います。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント「政治学を学ぶ」