シェリング

シェリング

トーマス・シェリング(Thomas Crombie Schelling, 1921年4月14日 - 2016年12月13日)とはアメリカの政治学者、経済学者である。国際政治、戦略理論の研究にゲーム理論を応用した業績で知られており、ノーベル経済学賞の受賞者でもある。

経歴

シェリングはカリフォルニア州オークランドで生まれた。1944年にカリフォルニア大学で経済学の学士号を取得し、1945年から1946年まで政府の予算局(U.S. Bureau of the Budget)で働いた。これを機に政府の仕事に関与するようになり、1948年から1950年まではヨーロッパでマーシャル・プランの業務に参加し、1951年から1953年まで大統領行政府の仕事にも従事した。この業務の傍らで学業も進め、1951年にハーバード大学大学院で博士号を取得している。

シェリングは1953年にイェール大学で最初の教職に就任したが、間もなく1958年にハーバード大学へと移った。同年にはシンクタンクのランド研究所の上級研究員にも就任しており、1959年まで米ソ冷戦における軍拡競争、核戦略の問題を分析し、その研究成果は『紛争の戦略(The Strategy of Conflict)』(1960)として出版された。この研究でシェリングは不確実な報復の方が、確実な報復よりも抑止力を発揮する上で優れた戦略であることを論じた。この議論は後に『軍備と影響力(Arms and Influence)』(1966)で限定的、段階的な報復を提唱することに繋がった。

ハーバード大学では集合行為や貿易交渉の問題などをゲーム理論で分析する研究に取り組んだ。その成果は『ミクロ動機とマクロ行動(Micromotives and Macrobehavior)』(1978)でまとめられており、ある集団で個人がミクロなレベルで合理的の行動をとろうとしても、マクロなレベルで意図したような結果が得られない状況が分析した。1991年、アメリカ経済学会の会長に就任し、その際には地球規模で進む環境問題について注目した。2016年、メリーランド州ベセスダで死去した。

思想

軍事学におけるシェリングの直接的な貢献は核戦略の分野に求められるが、より広い意味では戦争を通じて遂行される交渉の過程に対する理解を深めたといえる。シェリングは戦争状態にあったとしても、当事者の利害が完全に対立することは稀であり、相手を軍事的に打ち負かすことだけが戦略ではないと考えた。シェリングは危機あるいは戦争における交渉過程を分析する過程で、抑止、限定戦争、軍備管理の理論を発展させることに貢献した。

シェリングの研究で注目されるのが、フォーカル・ポイントという概念である。フォーカル・ポイントとは、コミュニケーションをとることができない敵対者同士が、暗黙裡に予測を収斂させ、交渉を集結させる過程で手がかりとする状況であり、それは特異な地形であることもあれば、特殊な行動方針、あるいは単なる過去の事例ということもあり得る。いずれにせよ、フォーカル・ポイントは相互依存的な意思決定の場面で、論理よりも想像力に大きく依拠した行動パターンを導き出すことを促す状況であり、それは関係する当事者の行動を強く誘導する(学説紹介 限定戦争はフォーカル・ポイント(focal point)で成り立っている)。

このフォーカル・ポイントの考え方を核戦略の研究に取り入れる場合、核兵器と通常兵器の暗黙裡の区別が戦争を限定する上で非常に重大な意味を持っていることが分かる。核兵器は1945年に日本で初めて使用されて以来、実戦で使用されたことがない。この前例の少なさは、核保有国にとって核兵器の使用が他の通常兵器の使用と質的に異なる戦略行動であると考えさせる要因となっており、それが両者のフォーカル・ポイントの形成に寄与している。当時は核兵器の種類を威力や射程によって戦略核兵器と戦術核兵器に区別し、戦術核兵器を使用することで全面戦争を避けることが可能になるという理論もあったが、シェリングはそのような理論に同意しない。核兵器の効果をシェリングは交渉の過程を操作する手段と位置づけ、自らの意志の強さを相手に伝えるコミットメントの効果に注意を払うべきだと主張した(メモ 戦略研究でコミットメントは何を意味するのか、なぜそれが重要なのか?「意図せざる戦争」の脅しが交渉において効果を発揮する:シェリングの考察)。

主著

シェリングンの主著は『紛争の戦略(The Strategy of Conflict)』(1963)であり、核抑止、限定戦争、奇襲といった国防上の問題をゲーム理論的な概念、アプローチで分析したものであり、翻訳されている。なお、シェリングの戦略の研究では『軍備と影響力(Arms and Influence)』(1966)も重要な著作であり、こちらも最近翻訳が出された。