新型コロナウイルスで露呈した脆弱性にどう対応するか

新型コロナウイルスで露呈した脆弱性にどう対応するか

軍隊は国家安全保障に影響を及ぼすあらゆる種類の脅威に備えることを任務としています。それは通常兵器による脅威だけではありません。生物兵器による脅威も想定しておく必要があります。

2018年にアメリカ政府が策定した『国家生物防衛戦略(National Biodefense Strategy)』では、自然発生したウイルス、あるいは人為的に開発されたウイルスが世界的に蔓延して公衆衛生に深刻な被害をもたらす状況が想定されていましたが、2020年に世界規模で新型コロナウイルスが拡大する事態を防ぐことはできませんでした。そのため、研究者の間では、生物兵器を使ったテロリズムが発生した際の被害の大きさが改めて認識されるようになり、どのように対応するべきか議論がなされています。

2021年2月に公開された軍事医学のジャーナル『ミリタリー・メディスン』でも、この議論が行われています。著者は、新型コロナウイルスによって、生物兵器を使った攻撃に対し、国家安全保障の脆弱性があることが露呈した以上、適切な対策を講じるべきであると主張しています。

生物兵器を使った攻撃に対する感染防御について

法的観点から見れば、生物兵器は1972年の生物兵器禁止条約(外務省ウェブページの解説)によって禁止されています。ただ、この条約が今後も確実に順守される保証はなく、テロリスト集団によって生物兵器が取得される可能性もわずかではありますが存在しています。

ごく一部の例外を除けば、過去の戦争で生物兵器が大規模に使われていません。これは生物兵器を開発、生産、保管、輸送するために必要とするためのコストが、生物兵器を使用して特定の集団、あるいは個人を攻撃するリターンを大幅に上回る傾向があるためだと著者は説明しています。

さらに著者は防御の態勢としてワクチンの開発、生産、配布、接種の体制を迅速に整えれば、生物兵器の有効性はさらに低下させることができると指摘しています。つまり、攻撃から見込まれるリターンが攻撃のための支払うコストを上回ることがないので、敵は作戦を思いとどまる確率が高まると考えられます。生物兵器による攻撃を将来にわたって抑止するためには、適切な防御の態勢を維持しておくことが重要です。

2020年に世界規模に感染が広がった新型コロナウイルス(COVID-19)は、生物兵器を使った攻撃に対して、国家安全保障上の脆弱性があることを露呈したとして、著者は特に取り組むべき問題点を3つに絞り込みました。

1 個人防護装備の不足

2020年1月から3月にかけて、複数のメディアが新型コロナウイルスの問題を報道した際に、世間ではパニックが発生しました。数多くのマスク、手袋、消毒液が在庫切れになったため、ますます多くの人々がそれを買い求めようとし、医療従事者がマスクのような基本的な個人防護装備を調達することができなくなりました。

病院では一回限りで廃棄するように設計されたマスクを何度も繰り返し使用することを余儀なくされました。生物兵器としてのウイルスは、空中、あるいは飛沫を通じて迅速に伝播するように開発されていることがあるので、個人防護装備の不足は稼働率の低下に直結します。

今後、病院では個人防護装備の備蓄を見直すべきですが、それだけでなく政府は今回の危機を通じて地域にどれほどの個人防護装備が必要になるのかを分析し、製造に当たるメーカーと緊急事態の際に供給が滞らせないような協定を確立しておくべきだと著者は提案しています。

2 予防接種の体制

今回の危機で注目されたのは、公衆衛生のためのさまざまな対策が必ずしも人々に徹底されなかったことです。個人主義の価値観が根強いアメリカにおいて、社会的距離を置くこと、積極的な衛生管理、マスクの着用義務化といった防御の手段は、大きな反発を招きました。ある調査では、ヨーロッパ諸国の30%から38%が国家から干渉を受けないことを好むと回答しましたが、アメリカでは58%が国家から干渉を受けないことを好むと回答しました。

ワクチンの接種に対する反対運動も無視できるものではありません。これは決して新しい現象ではありませんでした。ワクチンに反対する陰謀論は昔からあり、19世紀のイギリスで天然痘が流行した際にも、多くの人々はワクチンに効果がないとか、かえって有害ではないかと怪しみました。新型コロナウイルスが広がって以来、ソーシャルメディアでは新型コロナウイルスのワクチンにはアメリカ政府が個人を追跡する装置が含まれているとか、有毒な化学物質が含まれているといった事実に反する意見が投稿されています。

これは生物兵器を使用して攻撃することを抑止することを難しくすると著者は指摘します。かりに迅速にワクチンが配布されても、それを接種しない集団が常に社会に一定数存在するということは、感染の余地を残すことにつながります。これは国家安全保障上の問題として真剣に考慮する必要があります。

新型コロナウイルスを通じて明らかになったのは、反ワクチン運動に対応するために特別な広報が必須であるということです。2020年5月にアメリカで反ワクチン運動が広がりを見せていた際に、衛生当局ではこの対策を準備できていませんでした。2020年12月に医療従事者に対するワクチン接種が開始された際に、ワクチンを宣伝するソーシャルメディア戦略が本格化し、「#vaxup」、「#IGotTheShot」、「#vaccineswork」などのハッシュタグで自分がワクチンを接種したことを知らせる運動が始まっています。これがどの程度の効果をもたらしたのかについてよく調査する必要があるでしょう。

3 アメリカ軍の衛生支援の体制

軍隊が発揮できる衛生能力は、生物兵器の効果から軍隊の人員を保護し、軍事バランスに与える影響を最小限にするので、生物兵器を使用することで見込める敵のリターンを悪化させることができます。しかし、それを適切に運用することが必要です。

新型コロナウイルスに対するアメリカ軍の対応には改善の余地がありました。印象的な事例はアメリカ海軍の病院船「コンフォート」は2020年3月20日に感染者が急増するニューヨーク市に向かい、重症化した患者を受け入れようとしたものの、技術的なトラブルで患者を移送することができなかったことです。このことはニューヨーク市の医療従事者を激怒させ、時の政権のジェスチャーに過ぎないと見なされただけでなく、アメリカ軍が生物兵器に対処する能力に対する疑念を深めました。

その後、アメリカ軍は個人防護装備の国際輸送で重要な任務を遂行しているのですが、それはニューヨーク市での失敗の陰に隠れていると著者は考えています。アメリカ軍に患者を搬送し、治療する能力があることを国内外に宣伝することは、バイオテロを計画する敵対勢力を抑止する上で重要な取り組みとなるでしょう。

まとめ

新型コロナウイルスが安全保障の問題に突き付けた課題は、個人防護装備、ワクチン接種体制、そして軍事組織の対応だけに限定されるものではありません。しかし、著者がここに挙げた3点は、特に重要な意味を持っていることは確かです。将来的にバイオテロが発生したとしても、その影響を最小限に抑制できる能力を構築することが必要です。それは結果として、自然に発生した新型ウイルスに対して即応する能力を構築することにもつながるでしょう。

生物兵器の問題について興味がある方のために、いくつか関連の論文を紹介しておきたいと思います。いずれもバイオテロに関する研究論文であり、政策的、歴史的な観点から脅威への対応を考察しています。

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2021年5月5日最終更新