ボードゲーム「クリークスシュピール」の教育効果が実験で明らかにされる

ボードゲーム「クリークスシュピール」の教育効果が実験で明らかにされる

2019年8月19日投稿

はじめに

軍隊の指揮官に求められる能力は多種多様です。兵士としての気力、体力はもちろん大事ですが、複雑な状況について判断を下し、最も適切な命令を作成し、危険の中で部隊を指揮できる能力も必要です。

この中で特に重要な能力が戦術的な意思決定を下す能力であり、この能力を向上させる教育の方法については多くの研究が行われてきました。

米軍では問題を解決するための合理的な思考過程を標準化、モデル化した上で、その知識を身に着けさせることが試みられてきましたが、最近になって単純なウォーゲーム(兵棋)の教育的効果が従来まで考えられていた以上のものであり、さらに教育の現場で活用すべきと提案する研究が出されています。

文献情報

Photo by Capt. Charlie Dietz, U.S. Army

クリークスシュピール(Kriegsspiel)の可能性

2013年の秋、米軍の指揮幕僚学校(Command and General Staff College)で軍事学を学んでいた学生の一部だけが、突出して優れた成績を出し、教官の間で注目されました。

優れていたのは軍事的意思決定過程(Military Decision Making Proccess)において味方が置かれた状況を視覚的に記憶し、再生し、それを軍事行動の決心に活かす能力です。

このような結果が生じた原因について調査が行われたところ、その学生の集団は歴史学の授業の一環でルールを単純化したボードゲーム「クリークスシュピール(Kriegsspiel)」に参加していたことが判明しました。

クリークスシュピールは、19世紀の初頭にプロイセンの陸軍軍人ゲオルグ・レオポルト・フォン・ライスヴィッツとその息子ゲオルグ・ハインリヒ・ルドルフ・フォン・ライスヴィッツによって考案された古典的なウォーゲームであり、プロイセン陸軍、そしてその後のドイツ陸軍の教育で幅広く活用されたことで知られています。

現在よく知られるウォーゲームの多くは現実に近い状況を再現するため、コンピュータゲームとして実装されています。そのため、近年ではアナログなボードゲームとしてのクリークスシュピールは使用されなくなる傾向にありました。

しかし、不意にこのような教育効果が確認されたため、学校として改めてクリークスシュピールの影響を検証する必要に迫られ、大規模な実験に乗り出すことになったのです。

Photo by Capt. Charlie Dietz, U.S. Army

コントロール実験の計画と結果

2016年の秋、指揮幕僚学校ではクリークスシュピールによって学生の軍事的意思決定過程の成績がどの程度向上するのかを調査すべく、111名の学生を対象にしたコントロール実験を行いました。

111名の学生のうち32名の学生は事前にロールプレイング形式のクリークスシュピールを実施しますが、その他の79名はコントロール群に指定され、従来通りの指導を受けました。

コントロール実験とは、このように条件が異なる集団を設定し、その相違を比較する研究の方法論です。

今回の実験で学生は視覚化(visualization)の試験を受けました。これは地図の形式で示された戦闘状況を正確に読み解いた上で、敵部隊に対し味方部隊がどのように行動すべきかを意思決定する能力を調査するテストです。

著者らは学生に2種類の状況図をそれぞれ1分間にわたって示し、その後で敵と味方の間でどのような相互作用が起こるのかを質問しました。

その結果、クリークスシュピールを実施した集団はそうではない集団よりも味方部隊の位置に関する記憶を正確に再生する能力で統制群を統計的に大きく上回っていたことが分かりました。

彼らは状況をより正確に把握していたので、クリークスシュピールの経験者は意思決定に対して感じる困難を相対的に低く感じていたことも分かりました。彼らは視覚化の試験で自分が受けた質問がそれほど難しいものではなく、むしろ常識の範囲だと確信する傾向にあることも分かったのです。

状況を認識する能力が向上した結果として、彼らの立案した計画はより優れたものになる傾向にあると著者らは結論付けています。

視覚化の試験で実際に使用された状況図。1分間で状況を判断し、敵と味方がどのように相互作用する可能性があるのかを説明しなければならない。クリークスシュピールの経験者はこの問題で優れた成績を出し、また事後的な調査で難しさ自体を相対的に感じていなかったと分かった。

まとめ

軍事教育においてウォーゲームを実施することの重要性は以前から認識されてきました。この研究で示された成果は、それは必ずしも複雑なモデルに基づくものである必要はなく、クリークスシュピールのような古典的なボードゲームであっても大きな教育効果が得られるという点で重要です。

ウォーゲームは、特にコンピュータ・ゲームとして開発された場合、多額の経費がかかってしまい、実施できる環境も限られてしまうという問題があります。これは教育訓練のコストを引き上げてしまうだけでなく、教育の機会喪失にも繋がってしまいます。

このような状況で著者らの研究は再びアナログ・ゲームとして開発されたウォーゲームの価値を再発見し、それを再び軍事教育の重要な要素として位置付け直すことを提案しています。シンプルなルールを持ったウォーゲームでも軍隊の納涼を向上させることが出来るのであれば、それを積極的に活用しない手はないでしょう。

なお、データの分析結果を含めた研究成果を直接確認したい場合は、Richard McConnell et al., “The Effect of Simple Role-Playing Games on the Wargaming Step of the Military Decision Making Process (MDMP): A Mixed Methods Approach,” Developments in Business Simulation and Experimental Learning: Proceedings of the Annual ABSEL [Association for Business Simulation and Experiential Learning] Conference 45 (2018), accessed 5 October 2018.(外部リンク)で論文をダウンロードすることができます。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント