ランチェスター

ランチェスター

フレデリック・ランチェスター(Frederick William Lanchester, 1868年10月23日 - 1946年3月8日)はイギリスの技術者である。オペレーションズ・リサーチの研究において先駆的な役割を果たしたことで知られている。

経歴

1868年、ロンドンの建築家ヘンリー・ランチェスター(Henry Jones Lanchester)とラテン語の教師オクタヴィア(Octavia)の間の第4子として生まれた。奨学金を取得してハートリー大学(Hartley Institution 現在のサウサンプトン大学)と全英科学学校(National School of Science)で学んだが、学位を正式に取得することはなかった。1888年には学業を終えてバーミンガムに移り、間もなくフォワード・ガス・エンジン会社(Forward Gas Engine Company)で勤め始めた。

ランチェスターは業務を通じて内燃機関の研究開発を行い、やがて独立を志すようになった。1893年に会社を辞職し、1896年に最初の自動車の試運転を実現したが、以前として多くの技術的な改良が必要とされていた。3台目の試運転で銀行の融資を受けることに成功し、1899年にバーミンガムで兄弟とともにランチェスター・エンジン会社(Lanchester Engine Company)を立ち上げ、自動車の開発、製造、販売を本格化した。従来の発想にはなかった新機軸の技術を取り入れた自動車を市場に投入したが、事業としては必ずしも成功しなかった。1904年に会社が破産した時にはランチェスター・モーター会社(Lanchester Motor Company)を立ち上げ、再建を試みたものの、1909年までに経営から退いた。

ランチェスターは以前から内燃機関の研究開発に関連して航空工学の研究を続けていた。その成果は著作『航空飛行(Aerial Flight)』(1906-8)で発表され、1909年に航空諮問委員会の委員に選出された。そのため、ランチェスターが企業の経営から退いた1909年にダイムラーの技術顧問になり、コベントリーで航空機の研究開発に携わるようになった。この時期の成果は『戦争における航空機(Aircraft in Warfare)』(1916)によって発表されたが、その中で数理モデルを使って戦争を分析する軍事オペレーションズ・リサーチの方法が示されていたが、その重要性を理解されるまでには時間が必要だった。ランチェスターはその後も研究開発を続けたが、財政的基盤を欠いていたために経済的に困窮し続けていた。1946年に自宅で死去。

思想

軍事学におけるランチェスターの研究の意義はオペレーションズ・リサーチを軍事学の科学的アプローチとして発展させたこと、そしてランチェスター方程式という戦闘モデルを示したことにある。ランチェスター方程式は戦闘の平均的な結果を予測するための決定論的な微分方程式である。武器の射程が短い古典的戦闘モデルと、武器の射程が長い近代的戦闘モデルがあり、前者は第一法則、後者は第二法則と呼ばれることもある。ランチェスターは前提が異なるこれらのモデルの違いが、どのよな結果の違いをもたらすのかを微分方程式を使って分析できるのかを示した(論文紹介 ランチェスターの法則を戦闘の分析に用いる際に注意すべきこと)。

一般的に見て注目されるのは、この研究が平均の関数が関数の平均に対して等しいことを利用していることであり、その後のオペレーションズ・リサーチで使用される基本的なテクニックが確立されている。つまり、戦闘においてそれぞれの部隊が敵に与える損害の率は一定であり、それは全軍として敵に損害を与える率に等しいことがモデル化に利用されている。平均的な結果を予測するために微分方程式を使うという着想から、さまざまな理論的拡張の余地が与えられる。コンピュータ・シミュレーションの発達も相まって、ランチェスター方程式はさまざまな戦闘モデルの理論的基礎として影響を及ぼしている。

業績

ランチェスターの主著は『戦争における航空機(Aircraft in Warfare)』(1916)であり、これは空軍の研究においても、またオペレーションズ・リサーチの研究としても先駆的なものとして位置づけることができる。

  • Lanchester, Frederick W. 1916. Aircraft in Warfare: The Dawn of the Fourth Arm. London: Constable and Company.

ちなみに、この書籍の第5章と第6章がランチェスター方程式に関する議論を含んでいるが、その内容は1914年の段階で雑誌Engineering9月号から12月号にかけて発表されたものと一致する。「集中の原則」(1916)の部分訳については【翻訳資料】一から学ぶランチェスターの法則「集中の原則」(1916)を参照。

ランチェスターの研究の重要性が認識され、紹介されるようになったのは、1950年代に入ってからである。ランチェスターの業績を紹介し、またその妥当性を検討した初期の研究として以下の文献がある。

  • Morse, Philip M. and Goerge E. Kimball . 1951. Methods of Operations Research. New York: John Wiley.(邦訳、フィリップ・エム・モース、ジョージ・イー・キンボル共著『オペレェィション・リサーチの方法』日本科学技術連盟訳、1953年)

  • Engel, J. H. 1954. A Verification of Lanchester's Law. Operations Research, Vol. 2, Vol. 2, pp. 163-71.

その後、ランチェスター方程式の妥当性については批判が加えられており、新たなモデルの必要性が議論されている。そのモデルについては以下を参照。

  • Epstein, J. M. 1985. The Calculus of Conventional War: Dynamic Analysis without Lanchester Theory, Washington, DC: Brookings Institutions.