ナポレオン戦争の戦術を徹底解説した名著『帝国の銃剣(Imperial Bayonets)』を紹介する

ナポレオン戦争の戦術を徹底解説した名著『帝国の銃剣(Imperial Bayonets)』を紹介する

2019年11月29日投稿

はじめに

ナポレオン戦争(1804~1815)は戦争の歴史において非常に大きな意味があると考えられており、単に軍事的観点だけでなく、政治的観点から見ても画期的な変化があったことが指摘されています。

このような戦争において各国の軍隊がどのような戦術で戦っていたのかを明らかにすることは、実に興味深い研究課題なのですが、今回はその中でも特に重要な業績である文献を取り上げ、その内容について簡単に紹介してみたいと思います。

論文情報

本書の意義と想定される読者

本書が持つ意義とは、それはナポレオン戦争におけるフランス軍、プロイセン軍、イギリス軍、オーストリア軍、ロシア軍の歩兵、騎兵、砲兵の戦術を、中隊、大隊、連隊、旅団といった戦術的単位にまで掘り下げて記述していることです。

著者は細かな数字にまでこだわりながら当時の戦術を読者の目の前で再構成しようとしており、当時各国で実際に使用されていた教範類を史料として依拠しています。

文献の末尾に示された参考文献によれば、著者はフランス軍で1791年に使用されていた教範から1825年までに出版された教範を包括的に調査しており、特にナポレオン戦争が続いていた1804年から1815年までに編纂された教範で述べられた戦術的行動については特に詳細に調査しています。

本書はナポレオン戦争史に関する著作として歴史家や歴史愛好家に読まれる文献ではありません。ナポレオン戦争という時期に発達した陸軍戦術を軍事的観点から調査研究した文献として読まれるべきであり、歴史に関心を持つ戦術家のための一冊です。

1995年に初版が出版されましたが、1996年、2005年、そして最新版が2017年に出たように、根強い支持を受けてきた著作であることも指摘しておきます。

本書の目次とその内容の特徴について

次に内容の解説に移りましょう。本書の目次は以下の通りです。

  1. ナポレオン時代の歩兵の基礎(The Basics of Napoleonic Infantry)

  2. 歩兵戦術(Infantry Tactics)

  3. 大隊を機動させる(Manoeuvring the Battalion)

  4. 軽歩兵(Light Infantry)

  5. 旅団を機動させる(Manoeuvring a Brigade)

  6. フランス革命戦争におけるフランス軍の戦術:攻撃縦隊とその他の戦闘時の陣形(Revolutionary French Tactics: The Attack Column and Other Formation in Combat)

  7. フランス革命戦争・ナポレオン戦争における騎兵戦術とその練度(Cavalry Tactics and Quality during the Revolutionary and Napoleonic Wars)

  8. 騎兵戦術:実践の中での理論(Cavalry Tactics: Theory in Practice)

  9. 騎兵連隊を機動させる(Manoeuvring a Cavalry Regiment)

  10. ナポレオン戦争における砲兵(Artillery during the Napoleonic Wars)

  11. 諸職種連合作戦(Operation of Combined Arms)

  12. 大戦術と戦略的作戦(Grand Tactics and Strategic Operations)

著者の論述の特徴は当時の戦術を細部に至るまで詳細に検討し、十分な史料が得られない場合でも、当時出版された報告書や回顧録などを駆使して定量的な部分も含めて再現しようとしていることです。

例えば、著者はこの時代の歩兵について戦列歩兵(line infantry)と軽歩兵(light infantry)に区別されていたこと、そして一般に戦列歩兵が短間隔で密集し、一斉射撃によって交戦する歩兵であり、軽歩兵は密集せずに交戦する歩兵であり、戦場においては前者の方が軍の中央に展開して交戦していたことを説明しています。

興味深いのは、著者がこの戦列歩兵の火力がどの程度だったのかを考えるために、プロイセン軍の軍制改革を指導したゲオルグ・フォン・シャルンホルストが測定した試験データの数値を参照している箇所です。

当時のシャルンホルストの試験はマスケットとライフルの両方を含めた6種類の銃を使用し、歩兵中隊を見立てたキャンバスに向かって200発の銃弾を発射するというもので、射距離についても160ヤード(146.304メートル)、300ヤード(274.32メートル)などの複数の条件で試したことが報告されています。

著者はこのシャルンホルストのデータを現代のソフトウェアである統計分析システム(Statistical Analysis System, SAS)で解析し、当時の戦列歩兵の一斉射撃の命中率の推定式を提案しています(命中公算=100(1-射距離/450)^1.50±0.23)。

また、あまり資料が残っていない旅団の運用についても、著者は当時のフランス軍の元帥であるミシェル・ネイ(Michel Ney, 1769年 - 1815年)が残した史料に依拠することで一定の成果を上げており、その定性分析も徹底して実施されています。

ネイの説明によれば、旅団を用いた側面攻撃においては旅団全体を敵の側方に移動させるだけではいけません。側面攻撃が成功するかどうかは時間との闘いであり、ネイは敵の側面に向けて旅団の縦陣を前進させながら、側面攻撃の位置に到達した部隊を次々と横陣に展開していくべきだと考えました。著者はこの複雑な機動を巧みに要図にまとめています。

結びにかえて

本書の内容と比較される文献はいろいろ考えられますが、ナポレオン戦争の戦術に関する文献に限定するのであれば、Rory Muir, Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon, New Haven: Yale University Press, 1998.は本書の初版と同時期に出版された名著です。しかし、本書のような隊形の種類、交戦の方式、編制の相違などを詳細に検討しているものではありません。

Steven Ross, From Flintlock to Rifle: Infantry Tactics, 1740-1866, London: Frank Cass, 1996.はナポレオン戦争当時の戦術を詳細に取り扱っていますが、この著作が注目する時代はより広く、また歩兵戦術に限定されているという問題点が残ります。

より新しい著作だとRobert B. Bruce, et al., Fighting Techniques of the Napoleonic Age, 1792~1815: Equipment, Combat Skills, and Tactics, New York: Thomas Dunne Books, 2007.があり、入門者にとって有益な解説や図表が盛り込まれており、日本語にも翻訳されてロバート・ブルースなど『戦闘技術の歴史4:ナポレオンの時代編』創元社、2013年として出版されていますが、やはり本書の内容のような徹底した詳細さではありません。

以上の文献との比較から、本書には依然として大きな価値があると言えるでしょう。ナポレオン戦争の時代における戦術について研究するのであれば、本書で展開された著者の議論と末尾に示された参考文献の一覧が大いに役立つはずです。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント


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