軍事地理学の研究者は地形分析でどのような成果を出しているのか

軍事地理学の研究者は地形分析でどのような成果を出しているのか

2021年3月18日

軍事学において地形がどれほど重要なテーマであるかについては、多くの人が合意できるはずですが、具体的にどのような研究が行われてきたのかについてはあまり知られていません。

広い意味での地理、つまり気候や水系などの自然地理、人間の生活にかかわる人文地理との関係から戦争を研究する人々に比べると、地形に専門的な知識を有する人々の貢献はそれほど目立っていません(また、それほど多くもありません)。この記事では、地形の分析に焦点を絞った研究者の業績をいくつか紹介してみたいと思います。

戦争と地形の関係の研究

軍事地理学の研究者は19世紀に学問として成立した当初から地形の問題に重大な関心を寄せていましたが、これは交通手段の技術的な発達によって、地形が部隊の移動や行動を妨げる度合いが低下していくのではないかと予見されたためです。しかし、そのような予測に反し、多くの研究者が地形の要因が非常に根強いものであることを繰り返し実証してきました。

Douglas W. Johnsonの著作『戦争における地形学と戦略(Topography and Strategy in the War)』と、『世界大戦の戦場(Battlefields of the World War)』は、いずれも第一次世界大戦の戦場を調査し、その地形の効果を分析した成果です。前者は戦略に与えた影響を分析していますが、後者は戦術に与えた影響を分析しています。ジョンソンは、これらの研究を通じて地質構造、回廊地帯、地形障害が戦略と戦術の両方に絶大な影響を及ぼしていたことを実証的に明らかにしています。これらの著作は軍事地理学の古典として今でも読む価値があります。

  • Johnson, Douglas W. Topography and Strategy in the War. New York: Henry Holt, 1917.

  • Johnson, Douglas W. Battlefields of the World War, Western and Southern Fronts. American Geographical Society Research Series 3. New York: Oxford University Press, 1921.

最近だと、指揮官の能力を地形分析の観点から調べた研究があります。かつてプロイセン国王フリードリヒ二世は、ある地形を眺め、それが軍事的にどのような価値を持つのか、どれだけの兵力をそこに展開できるのかなどを正確に判断する眼を軍人は持たなければならないと語っています(『軍事教令』)。John O'Brienのような現代の研究者によって、このような空間把握能力が指揮官の能力の優劣と密接な関係にあることが示されています。

  • O’Brien, John. “Coup d’Oeil: Military Geography and the Operational Level of War.” Masters thesis, US Army Command and General Staff College, 1991.

これは作戦のレベルに注目した研究ですが、戦術のレベルに注目した研究としてはPatrick Michael O’Sullivanの著作『地形と戦術(Terrain and Tactics)』が広く読まれています。さまざまな事例研究を組み合わせることで、戦闘の状況によって地形の効果が変化することを読者に伝えてくれます。注目すべきは現代戦において増加する傾向にある市街戦の地形分析であり、これは非正規戦争の問題を理解する上で重要な地理的視点を与えてくれます。

  • O’Sullivan, Patrick Michael. Terrain and Tactics. New York: Greenwood, 1991.

まとめ

軍事地理学で地形分析に特化した研究の多くは、事例分析のアプローチをとっています。つまり、地形学の知識を前提にしながら、それぞれの戦闘や戦争において地形がどのような影響を及ぼしていたのかを調べだし、それに軍事的な観点から評価を与えるという要領で進められています。このような研究の手法に興味があるなら、現代の軍事地理学の研究状況が分かるオックスフォード大学出版会の文献案内 などの記事を参照してみるとよいかもしれません。

軍事地理学に関する知識と技術を全般的に身に着け、その後で戦史の領域に移り、文献調査や現地調査を通じて地形の効果を調べるという段取りになるでしょう。地形分析は戦術の研究において特に重要になるため、戦術学の研究においても避けては通ることができません。その重要性に見合うだけの研究成果が今後さらに報告されることを願っています。

武内和人(twitterアカウントnoteアカウント

2021年3月18日最終更新