18世紀を代表するプロイセン軍の戦略家の生涯を描いた著作『フリードリヒ大王(Frederick the Great)』を紹介

18世紀を代表するプロイセン軍の戦略家の生涯を描いた著作『フリードリヒ大王(Frederick the Great)』を紹介

2020年7月29日

プロイセン国王フリードリヒ二世は18世紀のヨーロッパで最も注目を集めた軍人でもあり、ギベールロイドテンペルホフナポレオンクラウゼヴィッツジョミニなど多くの軍人がフリードリヒの戦争術を研究しました。

イギリスの歴史学者クリストファー・ダッフィー(Christopher Duffy)が著した『フリードリヒ大王:軍人の生涯(Frederick the Great: A Military Life)』(1985)は今でも古典的著作として知られており、1988年にペーパーバックが出版されています。しばらく入手が非常に困難な状況が続いていましたが、2015年にはKindleで電子書籍化されているため、以前よりも手に入れやすくなっています。

『フリードリヒ大王:軍人の生涯』の特徴とその意義

ダッフィーの目的は、フリードリヒ二世がその生涯をかけて編み出したドクトリンを明らかにすることであり、そのために伝記的アプローチを採用しました。

そのため、この著作では単にフリードリヒ二世が軍隊を指揮した戦役だけでなく、幼少期の家庭環境や青年期に受けた教育訓練についても記されています。ダッフィーの研究成果で特に興味深いのは、フリードリヒ二世には二面性があり、私的な場での振舞いと公的な場での振舞いにギャップがあったという指摘です。一方では啓蒙的、文化的でありながらも、他方では好戦的、軍事的な君主でもありました。このフリードリヒ二世の性格をダッフィーは計算高い策略家の性格として説明しており、それが彼の戦争術にも反映されていたことが明らかにされています。

ダッフィーの叙述によれば、フリードリヒ二世の政治的な野心は強く、そのことが領土の拡張を目指すプロイセンの政策にも反映されていました。この政策を効率的に実行に移すため、プロイセンは開戦と同時に軍事行動を起こし、巧妙な機動で敵軍を先制する戦略が追求されました。第一次シュレージエン戦争(1740~1742)で陣頭指揮をとったフリードリヒ二世は、この戦略をオーストリア軍に対して実践しており、成果を上げています。フリードリヒ二世が意図していたのは短期戦だったのですが、その後のオーストリア軍はシュレージエンを奪回するため、プロイセン軍に対して何度も戦いを挑んできました(第二次シュレージエン戦争(1744~1745)、七年戦争(1754~1763))。

このような軍事情勢の中でフリードリヒ二世は粘り強く長期戦を遂行することを学びましたが、同時に戦場で主導的地位を獲得し、積極的に攻撃する戦術を編み出していきました。ダッフィーはフリードリヒ二世が発達させた斜行陣が敵軍の側面に対して兵を集中し、局地的な数的優勢を獲得する上で高い効果があったことを説明しています。この戦術は次第に敵の指揮官に学習されたため、フリードリヒ二世は新たな革新として次第に砲兵火力の運用を研究するようになり、その砲火を一点に集中的に指向することを自らのドクトリンに組み入れていきました。

ダッフィーはフリードリヒ二世の成功だけでなく、失敗に関しても多くの洞察を読者に与えています。フリードリヒは七年戦争で厳しい戦いを強いられ、手痛い敗北を喫する局面もありました。1760年に辛うじて軍隊を再建しましたが、多数の新兵を部隊に配属したことで、部隊行動の効率は大幅に低下してしまい、二度と元の水準には戻りませんでした。このことはフリードリヒ二世が亡き後のプロイセンがフランス皇帝ナポレオン一世の軍隊によって征服されたことと無関係ではなく、ダッフィーはフリードリヒ二世の戦略には長期戦を遂行する上で限界があったことも指摘しています。

むすびにかえて

ダッフィーはフリードリヒ二世が成し遂げた事業が軍事的に極めて困難なものであり、それを実現させたことを賞賛していますが、その限界についてもバランスのとれた解釈を示そうとしています。第9章の「フリードリヒと戦争」は特に彼の戦争術の全般的特徴を理解する上で有益です。

最近の研究の状況ですが、今でもフリードリヒ二世の研究は続けられており、新しい成果も出ています。例えば、ケンブリッジ大学の歴史学教授ブラニング(Tim Blanning)の著作『フリードリヒ大王:プロイセンの国王(Frederick the Great: King of Prussia)』は最新の伝記的研究です。この著作は軍事的な側面だけに注目するのではなく、フリードリヒ二世の人物像をより総合的に捉えようとしています。それほど難解な著作でもないため、幅広い読者の関心に応じることができます。

軍事史の立場からフリードリヒ二世の戦争術を研究した最新の成果としては、アメリカのコロラド・カレッジの歴史学教授ショウォルター(Dennis Showalter)の著作『フリードリヒ大王:軍事史(Frederick the Great: A Military History)』を推奨します。ダッフィーの研究と同じく、これは戦争の歴史に焦点を合わせており、フリードリヒ二世の軍事的能力が明らかにされています。

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