戦略を構成する要素は17項目に分類されている

戦略を構成する要素は17項目に分類されている

2020年11月12日

戦争の問題を研究していて驚かされるのは、一般に考えられている以上に数多くの要素が関連し、相互に影響を及ぼしていることです。

イギリスの研究者コリン・グレイは『現代の戦略』の中で、戦争の複雑さを認識し、戦略を適切に研究するためには、17項目の次元を知らなければならないと論じていました。グレイは世界的に有名な戦略学の権威であり、その学説は現在の軍事学の研究者にとって重要な参照点になっています(戦略学の権威コリン・グレイの研究業績を紹介する )。今回は、グレイの説に沿って、その17項目を解説してみたいと思います。

第一のカテゴリー:人間と政治

グレイは、人間が社会の中で生きている以上、戦争もまた、社会と無関係ではなく、軍事行動はその社会が道徳的に許容する政治的な目的を達成するために選択されると考えました。このカテゴリーに入る次元としては、人間、社会、文化、政治、倫理があります。

人間

グレイは戦争を理解するためには、人間それ自体に対する理解が重要であり、これが最初の分析すべき項目であると論じています。ここで強調されているのは指導者の性格や行動に対する理解であり、また最前線で身体的、精神的なストレスに晒される兵士の性格や行動に対する理解でもあります(邦訳、56-7頁)。戦争はどれほど科学技術が発達したとしても、究極的には人間によって遂行されてきたとグレイは指摘しています。

社会

社会に対する理解も不可欠であるとされています。この点についてグレイは「現代において戦争を準備し、遂行するのは、社会全体そのものなのだ」と述べています(同上、57-8頁)。戦争を遂行するための戦略も、究極的には特定の社会の一部分を構成する機関によって、その社会において支配的な文化的志向を表現するように形成されます(同上、57頁)。それゆえ、社会について理解しなければ、その戦争によって追及されている価値を理解することはできないとグレイは論じています。

文化

グレイは文化が社会の中で共有されている価値観や象徴的な様式を形成するシステムであり、人間の考えや行いに、ある種の癖や偏りを生じさせるものとして捉えました。戦略の研究で使われる戦略文化(strategic culture)という概念があるのですが、グレイはこの概念の重要性を強調しており、どのような戦略であっても、白紙の状態で形成されるわけではなく、「新しいデータにフィルターをかけてしまう価値観、態度、そして嗜好などから影響を受けた状態で、特定の行動を選んでいる」と述べています(同上、59頁)。

政治

戦争は他の手段をまじえて行う政治的関係の継続であるとするカール・フォン・クラウゼヴィッツの説を踏まえると、グレイが戦略の次元として政治を位置づけたことは至極当然のことだと言えるでしょう。ただ、クラウゼヴィッツの説に対しては、ジョン・キーガンマーティン・ファン・クレフェルトのように批判を加える研究者もいるので、グレイはクラウゼヴィッツの説に曖昧さがあることにも留意しています(同上、60頁)。戦略が政治闘争や政策過程の結果であるという見方にも配慮しています(同上、61頁)。それでもグレイは軍事的手段は政治的目的を達成するために使用されるという考え方を支持しており、クラウゼヴィッツの理論に沿って戦略を研究することの意義を主張する立場をとっています。

倫理

戦争を考え、戦略を論じる上で、倫理の重要性を強調することは、場違いに感じられるかもしれませんが、グレイは真剣にその影響を考慮する必要があると主張しています。なぜなら、「正義についての疑問は戦略のパフォーマンスにとって重大な関係性を持つことになるはずであり、少なくともこの問題は時として「倫理的に許される戦い」と「効率良い勝利の追求」との間に緊張が発生することを認める必要性に集約されてくる」ためです(同上)。グレイは戦争を始めるときに、どのような道徳的な根拠をもって始められるかによって、軍隊の士気に影響があるとも指摘しています。

第二のカテゴリー:戦争のための準備

戦争の準備というカテゴリーも、さまざまな項目で構成されていますが、先ほどの人間と政治に比べれば、より物質的な要因が含まれていることが分かります。人員、武器、装備といった要素がなければ、軍隊を編成し、作戦を遂行することはできません

経済と兵站

グレイは「戦略には経済・兵站的な次元があり、これは基礎的かつ永続的で、不可避なものだ」と断言しています(同上、62頁)。つまるところ、経済的基盤から提供される人的、物的な資源がなければ、戦争を遂行することは絶対に不可能だからです。平時における防衛計画を立案するためにも、経済的な考慮が重要であり、なぜなら、その国の経済力の限界を超えて軍事力を整備することなどできるはずがないためです。

組織

戦争の遂行に関与する人々は数多く存在しており、彼らが協働するためには、一定の構造をもった組織の中に組み込まれる必要があります。しかし、その組織の機能と構造によっては、戦争を計画し、準備し、実行することが難しくなる場合があります。グレイはどれほど優秀な司令官であったとしても、その側近、幕僚、官僚の支援がなければ、実務を処理することはできないと指摘し(同上、64頁)、そのような組織的な支援がどのように提供されているのかを研究者は知らなければならないと論じています。

軍事行政

グレイは政府が管理する資源と、軍隊のための兵站支援との間を結びつけるものとして、軍事行政の重要性にも注目しています。この次元には、人員の採用から、教育訓練、さらに装備調達など、あらゆる行政活動が含まれており、これは戦時だけでなく、平時から継続的に展開されるものです(同上、65-6頁)。平時に見られる軍事行政の問題が放置されていると、部隊の充足率が低下し、装備の稼働率が十分ではない状態で戦争に突入することになりますが、それから軍事行政の問題を解決しようとしても手遅れになってしまいます。

情報

人間はもともと信じたいことを信じる傾向を持っているため、敵を騙すためには、敵が何を信じたいと思っているのかをよく理解しておくことが重要です。しかし、興味深いことに、このような戦略的な欺騙に成功した事例は戦争の歴史においてあまり多くないとグレイは指摘しています。これは敵に関する情報を活用する側にも信じたいものを信じる傾向があるため、適切にそれを活用することが難しいことを示唆しています(同上、66-7頁)。

ドクトリン

ドクトリン(doctrine)は軍隊がどのように行動するべきなのか指針を与えてくれるものであるため、「人間と政治」で取り上げた文化の次元と近い意味を持っているようにも思われます。しかし、グレイは、ドクトリンが戦略文化よりも直接的に戦争の準備に関係するものであるとして区別して考えています。軍隊が数多くの人員を部隊に編成し、訓練を施すためには、一定の運用の指針が必要であり、ドクトリンは軍隊が問題を解決するための基本的な方法を与えてくれます。それゆえ、それを理解することは研究者にとって重要な意味があるのです。

テクノロジー

軍隊が使用する武器は、その時に利用できる最先端のテクノロジーが応用されており、戦争の推移にとって大きな影響があります。その影響の大きさは直ちに理解できるものですが、ただし戦争を理解する上でテクノロジーの重要性を過剰に述べるべきではないともグレイは考えていました。グレイは戦争においてテクノロジーの優劣だけで勝敗が決まった例は存在しないと指摘し、1945年に米軍が日本に対して行った原爆投下も、それだけで降伏を引き出したわけではなく、それ以前の攻勢作戦によって勝敗が決しつつあったことを強調しています(同上、69頁)。

第三のカテゴリー:戦争それ自体

最後のカテゴリーに含まれている次元は、いずれも軍事的な次元です。戦争を遂行する上で最も基礎的な次元であると言えます。

軍事作戦

グレイは現代の研究者が上品でリベラルな論点ばかりを取り上げ、昔ながらの作戦のレベルにおける部隊の行動を軽視する傾向にあると述べており、その上で兵士が戦闘でどれほどの能力を発揮することができるのかを明らかにする重要な次元であることを説明しています。もし政治的目的の選択が人道的にも、法的にも、社会的にも適切であり、また軍隊に人員、武器、装備が十分に供給されていたとしても、前線における部隊が敗北を喫したならば、目的を達成することはできません。「戦略とは、それがいかに素晴らしいものであっても、だれかが実行しなければ何の意味もなさないものだ」とグレイは述べています(同上、70頁)。

指揮

指揮(command)とは、国家と軍隊の行動を規律するリーダーシップの特徴に関係しています。優れた能力を持った指導者がいれば、それは戦略の効果に全般的な影響を及ぼすことができます。グレイは司令官の役割についても、現代の件きゅすはが軽視しがちであることを指摘しています(同上、72頁)。しかし、優れた指揮官が率いた弱兵が、劣った指揮官が率いた強兵を圧倒することがあり、指揮の重要性を軽視することは適切ではないとされています。

地理

戦争は常に特定の地理的な環境の下で生起するものであり、グレイはこれも戦略の研究において重要な次元として位置づけています。最近の議論では、テクノロジーが地理が戦略を制約する程度を小さくしているという見方もありますが、グレイはそれは地理の制約が小さくなったというよりも、地理的な要因の影響が変化したのだと考える必要があると考えます(同上、73頁)。「戦略の地理的な次元というのは、たしかにどこにでもあり恒常的なものだが、紛争や時代によってはその影響力が大きく変化するのだ」(同上)

摩擦、偶然、不確実性

グレイはあえて理論的に取り扱うことが難しいものの、戦争の展開や戦略の実施に多大な影響を及ぼしてきた要因として、摩擦、偶然、不確実性を考慮すべきであると考えました。これらは合理的な意思決定を下すことを難しくする要因であり、例えば第一次世界大戦でパッシェンデール攻勢(1917年)が失敗した大きな要因は、当日の降雨であり、これは前もってその影響を予測することが困難でしたが、戦局に重大な影響を及ぼしたと言えます。

戦争は敵と味方がそれぞれに自由な意思を持って相互に作用しあう状態であり、敵がどのような意図や行動を持っているかが重要であることは述べるまでもないかもしれません。グレイがこの項目を戦略の次元として位置づけた理由は、現代の研究においても、敵が味方の想定を超えて悪意ある策略、有害な行動を選択してくるものとして想定することが難しいためです。敵は味方の意図を理解し、その裏をかくような方法で行動する存在であり、事前に立案した計画や準備した態勢の効果を無効にしてしまう場合があることを絶えず考慮に入れることが重要だとグレイは論じています(同上、75頁)。

時間

時間はグレイが最後に取り上げている次元です。多くの国では防衛計画が1年、2年、あるいは4年のサイクルで策定される予算によって執行されており、ある戦略を実行に移して具体的な兵力態勢が整えられるまでの間にも時差が生じることが普通です(同上)。戦時における行動において時間はますます貴重な資源となります。迅速に戦闘で勝利を収めようとする侵略者に対して、戦闘を避け、あるいは戦闘を引き延ばす防衛者は、時間の経過によって侵略者が疲弊することを待つことが戦略上重要になります(同上、76頁)。

むすびにかえて

以上に述べたグレイの戦略の17項目の次元は、すべてが相互に影響を及ぼしあうものとして説明されています。グレイは自らが示した17項目をまとめた上で、あまりにも自明なものであるかもしれないと述べていますが(同上)、これは戦略の研究、ひいては軍事学の研究対象を整理する上で有益な見取り図だと思います。

参考文献

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