モルトケが語る訓令戦術(Auftragstaktik)のエッセンス

モルトケが語る訓令戦術(Auftragstaktik)のエッセンス

2020年1月10日投稿

はじめに

プロイセン陸軍の参謀総長として知られるヘルムート・フォン・モルトケは、1866年にオーストリアとの戦争が終結してから間もなくして、参謀本部にプロイセン陸軍が抱えていた弱点や課題に関する調査研究を行うように命じました。

この時に得られた成果を踏まえ、モルトケ自身も執筆に加わる形で、軍司令官のような高級指揮官のための新しい教範が作成されましたが、これは過去にプロイセン陸軍が策定してきた教範の中でも特に大きな影響力を持つものです。そこで導入された革新の一つが訓令戦術(Auftragstaktik)として知られています。

今回は訓令戦術の概念を一般的に紹介した上で、モルトケが1869年6月24日に策定した『大部隊指揮官のための教令』の「司令部と部隊間の通信(Verbindung der Kommandobehörden und Truppen untereinander)」において展開された議論を取り上げてみたいと思います。

プロイセン(後にドイツ)の陸軍軍人モルトケ(1800年10月26日 - 1891年4月24日)普墺戦争、普仏戦争の作戦指導で高い評価を受けた。

訓令戦術とは何か、どのような仕組みなのか

訓令戦術は任務を遂行する方法について命令を受け取る受令者が、命令を発する発令者に対して、できるだけ自主的、主体的に決める命令の方式をいいます。

ドイツ語でAuftragには任務、あるいは委ねられたこと、という意味があり、これに戦術を意味するTaktikを組み合わせたものがAuftragstaktikです。ただし、過去の研究で指摘されたように、Auftragを任務(mission)と直訳すると誤解を招く恐れがあります(Simpkin 1985; Hughes 1986)。というのも、訓令戦術は単に発令者が受令者に任務だけを与えればすむというものではないためです。

訓令戦術は発令者の意図(Absicht)、現地で発生している状況(Lage)、そして受令者の決心(Entschluß)の3つの要素が組み合わさることで成り立つものと理解することができます(Hughes 1993)。まず戦闘計画を立案した指揮官は、部下に自らの構想全体を含めて何を意図しているのかを訓令として下達します。

この訓令を受けた受令者の部下たちはそれぞれの立場から見えている状況に応じて訓令を検討します。つまり、指揮官から与えられた命令や任務を単に実行しようとするのではなく、いったん状況を判断するというプロセスを設けるのです。最後の決心はこの状況の判断を踏まえて導き出した行動方針を確定することです(Ibid.: 329)。

これが訓令戦術の基本的な考え方であり、刻々と変化する状況に迅速かつ的確に適応しますが、全体として指揮官の意図する構想が維持されているため、一貫性、計画性がある作戦行動が可能になるのです。

指揮官の地位が高くなるほど、命令はシンプルでないといけない

モルトケがこのような考え方を軍隊の指揮関係に持ち込んだのは、戦争における状況の変化が極めて速く、完全無欠な命令を出すことは不可能だと認識していたためです。

例えばモルトケは「通常であれば、絶対的に必要なことだけを命令し、不確かな状況のもとで計画を立案することは避けた方がよい」と述べていますが、これは「戦争において、これらの変化は極めて迅速である」ためでした(Moltke 1993: 184)。

この予測不能性が軍隊の能力を大きく損なう危険があることをモルトケは懸念していました。もし上官が想定した状況と部下が現場で目にする状況が大きく乖離すると、上官の能力に対する部下の信頼は一挙に損なわれてしまいます(Ibid.)。非現実的な命令は単に実行不可能なだけでなく、組織にとって有害な効果を持っているため、これを防止しなければなりません。

そこでモルトケは、指揮官の地位が高くなるほど、発する命令はより単純に、より明快にしなければならないという原則を導入しました。モルトケは「それぞれの指揮官が自らの権限において自由に行動し、決心を下すことが認められる」と規定しましたが、これは訓令戦術の最も重要な規範と位置付けることができます(Ibid: 185)。

ただし、モルトケは上官が部下の仕事を放任してよいと考えていたわけではありません。この訓令戦術が機能するためには適時適切な報告を上げることが絶対に必要だとも述べています。「正確かつ適切な命令を発するためには、状況に関する可能な限り詳細で確実な知識が絶対に必要である。そのため、部隊、下級司令部、前哨、前衛、支隊には上級司令部に状況を報告する無条件の義務がある」という記述がこれに該当します(Ibid.: 186)。

もちろん、戦闘が激しさを増してくると、部隊の指揮官は報告を後回しにする傾向があるため、モルトケは戦闘間であっても連絡を緊密に保つための処置をとることを推奨しており、例えば上級司令部から前衛に伝令将校を派遣するなどの方法を紹介しています(Ibid.: 187)。部下に権限を与えながらも、全体の状況を把握するために、連絡や報告を絶やさないようにすることが作戦指導では必要とされるのです。

まとめ

戦争における状況変化が上官の想定を超えてしまうと、部下は非現実的な命令を実行することになり、戦闘効率が著しく低下します。上官が急いで適切な命令を出そうとしても、それが部下に届くころには新たな状況が発生しているでしょう。これを避けるためには、各級指揮官がそれぞれの範囲で自分の問題を主体的、自主的、積極的に解決できることが欠かせません。

訓令戦術はこのために生み出された方式として重要であり、採用する場合には高い水準の教育訓練が必要である点に注意が必要ですが、例えば広い正面で機動的な部隊運用が求められる機甲戦のドクトリンを採用している軍隊にとって大きな価値があるといえるでしょう。


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参考文献