兵站の研究に役立つ文献とは?

兵站の研究に役立つ文献とは?

兵站(logistics)とは、広義に解釈すれば戦争の準備に関する活動のすべてであり、管理行政、補給、輸送、衛生、整備、動員・調達など、幅広い活動を含んでいます。軍事学において非常に重要な研究テーマであり、戦略や戦術に匹敵する研究の蓄積があるのですが、その内容はあまり知られていないかもしれません。

ここで有名な研究成果を中心に主要な著作を5冊ほど取り上げてみたいと思います。この分野には歴史的アプローチを使った研究と、理論的アプローチを使った研究がありますが、全般的に歴史的アプローチを使った研究を多く選びました。

クレフェルト『補給戦(Supplying War)』(1977)

イスラエルの歴史学者クレフェルトの著作『補給戦』はこの分野で最もよく読まれているものの一つです。18世紀から20世紀にかけて、軍隊の戦略がいかに兵站によって制約されてきたのかが具体的に説明されています。

クレフェルトは、近世における野戦軍の機動展開は、作戦基地の選択と利用可能な水路の方向に依存するところが大きかったと指摘しており、具体的にどの程度の兵力を維持することができたのか判断しています。戦争の歴史における兵站の意義を理解するだけでなく、それが戦略に与えた影響を考える上でも重要な研究です。

ただし、個別のケースに関するクレフェルトの議論に対しては反論も加えられています。日本語に翻訳されているため、比較的容易に読むことができます(クレフェルト『補給戦』佐藤佐三朗訳、中央公論新社、2006年)。

ヒューストン『戦争の源(The Sinews of War)』(1966)

アメリカ陸軍の歴史において、どのような兵站支援が実施されていたのかを調査した成果です。海外の兵站の研究ではスタンダードになっている著作であり、アメリカ独立戦争から朝鮮戦争までの兵站の歴史を包括的に叙述している点に特徴があります。クレフェルトは兵站の中でも特に輸送に注目する傾向がありますが、ヒューストンの著作では動員や調達といった問題にも踏み込んで調査しています。財政の問題についても考察があるため、戦時財政や軍事行政に興味を持つ研究者にとっても有益な研究ではないかと思います。

日本語に翻訳されたことはありませんが、オンラインで読むことが可能です(https://history.army.mil/html/books/030/30-4/cmhPub_30-4.pdf

ヒューズ『ルートからマクナマラまで(From Root to McNamara)』(1975)

アメリカ陸軍の歴史において軍事行政の仕組みがどのように発展してきたのかを記述している研究であり、軍事行政に関する重要な知見が得られます。この著作のテーマは陸軍の近代化であり、著者のヒューズは1900年から1963年までの時期に取り組まれた改革の歴史を辿っています。その起点となるのが1899年から1904年にかけて陸軍長官を務めたエリフ・ルート(1845~1937)の改革であり、終点として国防長官ロバート・マクナマラ(1916~2009)の改革が検討されています。行政管理の効率化がさまざまな制度や慣行によって阻まてきたことだけでなく、組織構造が戦時における兵力運用に与えた影響も考察されています。

日本語に翻訳されていませんが、オンラインで読むことが可能です(https://history.army.mil/html/books/040/40-1/cmhPub_40-1.pdf)。

エクルズ『国防における兵站(Logistics in the National Defense)』(1959)

アメリカ海軍士官ヘンリー・エクルズ(1898~1986)は、現代の兵站を理論的な観点から考察しており、その成果をこの著作でまとめています(エクルズを参照)。

この著作は兵站学においては理論的研究に属していますが、実務の経験が豊富なエクルズの理論には教育的な要素も数多くみられます。例えば、エクルズは兵站に固有の特性を比喩として雪玉に例えています。それは坂道を転がり落ちる間にどんどん大きくなっていく傾向があり、これが兵站が肥大化していく様子と近しいとエクルズは論じています(詳細については兵站学の専門家は、無計画が莫大な無駄を作り出すことを警告している を参照)。

クレス『作戦兵站(Operational Logistics)』(2002/2015)

現在の兵站の研究の特徴は、理論的というよりも、数理的、計量的なアプローチを重視するようになっていることであり、このクレスの著作はその動向をよく反映しています。クレスは米海軍大学院学校(Naval Postgraduate School)でオペレーションズ・リサーチを教える教授であることもあり、作戦レベルの兵站に注目しながら、兵站ネットワーク・モデルや所要の後方能力を予測するモデルなど、数理モデルを使った分析を展開します。日本語に訳されたことはありません。電子書籍でアクセスすることが可能です(https://amzn.to/2SbKjud)。

まとめ

ここに挙げた文献だけでも歴史的アプローチから数理的アプローチまでさまざまな方法で兵站が研究されていることが分かるのではないかと思います。兵站の研究について、さらに詳しく文献調査をしてみたいのであれば、軍事学のジャーナルなどを調査してみるとよいと思います(軍事学のトップジャーナルを紹介する )。ただ、軍事学のジャーナルでも兵站に特化した研究論文が登場することは必ずしも多くありませんので、例えばArmy Sustainment(旧Army Logistician)のようなプロフェッショナル・ジャーナルを調べる方が効率的かもしれません。


※この記事はご質問者様のご協力を得て作成しました。改めて御礼を申し上げます。

武内和人(Twitterアカウント

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