睡眠時間が不足するほど、軍隊の戦闘効率は低下する

睡眠時間が不足するほど、軍隊の戦闘効率は低下する

睡眠をとることは人間にとって最も基本的な生理的欲求であると言えます。睡眠をとることで、身体の疲れは回復し、作業の効率も向上することが知られています。しかし、戦地で任務を遂行する兵士は睡眠時間を確保できないことが多く、一般的に推奨される7時間から8時間の夜間睡眠を連続してとれないことが珍しくありません。睡眠の制限や剥奪が軍隊の戦闘効率に与える影響は実に多種多様であり、軍事心理学の研究者によって詳細に調査されています。

この記事では、米軍の教範類や研究論文で示された睡眠時間を踏まえて、睡眠時間が軍隊の戦闘効率に与える影響がどれほどのものであるかを考えてみたいと思います。

即応態勢を維持するためには最低でも7時間の質の高い睡眠が必須

米陸軍の教範類では、睡眠を糧食、燃料、弾薬のような補給物資のように見なさなければならず、毎日それを最低でも7時間、可能なら8時間は確保することが必須であることが強調されています。部隊指揮官は、睡眠をとるための時間を確保するために計画を立案しなければなりません。睡眠をとることは、決して贅沢なことではないのです。

このことは、米陸軍で新兵訓練を実施するための各種基準を示した資料(U.S. Department of the Army, 2019, TRADOC Regulation 350-6)でも次のように述べられています。

「a. 脳と体を適切に機能させる上で睡眠は生物学的に必要であり、兵士の作業効率にとって重要な要素である。睡眠は贅沢なものではない。兵士は、作戦上の即応態勢を維持するために、最低7時間の質の高い睡眠をとる必要がある。b. 睡眠は水、糧食、燃料、弾薬のような重要な補給物資の一種のように見なされなければならない。指揮官は、睡眠の規律を強調し、訓練において十分な睡眠をとれるように計画しなければならない」(TRADOC Regulation 350-6 350–6: 52)

睡眠が不足することによって、兵士の注意力、自発性が低下するだけでなく、情報の理解が困難になるなどの問題が見られるようになるとも述べられています。

このような作業効率の低下は、24時間あたりの睡眠が7時間を下回った場合に見られる典型的な症状です。その原因は所要の睡眠時間に対する実際の睡眠時間の不足であり、睡眠の研究で「睡眠負債(sleep debt)」と呼ばれるものです。睡眠負債を解消する唯一の方法は睡眠をとることであり、意志の強さによって問題が解決されることはありません。

米軍は兵士の健康を管理するための指針を別の資料(U.S. Department of the Army, 2016. A Leader's Guide to Soldier Health and Fitness, ATP 6-22.5)で示しており、そこでは睡眠負債を抱え込んだ兵士は、思考が鈍くなり、間違いを犯すだけでなく、作業の正確さを維持するために必要とする時間がより多くかかるようになることが解説されています。この影響が特に顕著に表れるのは陣地の構築、分隊の戦術行動の調整、火力支援の要請などです。一方で、作業の手順が完全にルーチン化されている銃の弾倉交換や、行進においては、睡眠不足の影響ははっきりと見られないことも指摘されています(ATP 6-22.5: 2-1)。

睡眠負債を抱えた部隊の戦闘効率は低下していく

複数の研究が睡眠負債を抱えることの有害性を裏付けています。米海軍の特殊作戦部隊として高い練度を誇るSEALsの隊員を被験者とした実験で、夜間の睡眠時間が制限された隊員は、十分な睡眠をとった隊員に比べて自分の健康状態が悪いことを報告しました(Lieberman, et al. 2002)。米陸軍の兵士で夜間に3時間の睡眠時間しか与えられなかった陸軍の兵士を使った実験では、十分な睡眠時間をとった兵士に比べて、射撃能力が低下することが確認されています(McLellan, et al. 2005.)。睡眠の剥奪を伴う58日間のレンジャー課程で実施された実験では除脂肪体重、つまり全体重のうち体脂肪を除いた筋肉や骨などの重量が著しく減少することが報告されました(Pleban, et al. 1990)。

睡眠負債は個別の兵士の能力を低下させるだけではなく、部隊の戦闘効率に悪影響を及ぼします。これは脳の前頭葉において神経生物学的な機能が低下することによって、戦術行動における適切な意思決定や円滑なコミュニケーションが阻害されるためであると考えられます。マーシャルの『敵火に立ち向かう兵士たち(Men Against Fire)』(1978)や、イングリッシュの『歩兵論(On Infantry)』(1984)などの業績の中で確認されてきたように、小部隊戦術は本質的に臨機応変な行動が要求される性質があり、ルーチン化することができません。そのため、睡眠負債を抱え込んだ小部隊の戦術能力は低下してしまいます。

陸軍では、睡眠負債によって部隊の戦闘効率が低下する程度を調べるために、砲兵の射撃中隊の隊員を被験者とした実験が行われています。この実験の結果、睡眠時間を削って作業時間を延長したグループは、作戦を開始してから2日目までは、十分な睡眠をとるグループよりも多くの砲弾を発射することができていました。しかし、その作業効率は3日目に入ると急減しており、20日の作戦期間を通じて発射できた砲弾の数はわずかでした(Marriott, 1994)。

このグラフで示されているように、1日に4時間の睡眠しかとらなかったグループの一日当たりの射撃回数(□で表示)は初日では他のグループよりも優っていましたが、2日目になるとその差は小さくなり、3日目には他のグループの成績を下回るようになりました。一日5時間の睡眠をとったグループ(◇で表示)、1日6時間の睡眠をとったグループ(〇で表示)も次第に成績が減少していくことが読み取れます。しかし、1日に7時間の睡眠をとっていたグループの一日当たりの射撃回数(●で表示)は緩やかに減少しているものの、20日間にわたって減少の幅は小さく、部隊の能力は高い水準で維持されています。このデータは、戦闘が長期化するにつれて、睡眠の時間を管理することが戦術的に重要な意味を持つことを裏付けています。

まとめ

戦闘においても睡眠をとることは必要であり、そのための時間を確保することができなければ、部隊の戦闘効率は低下していきます。部隊が戦場で激しく移動する機動戦においては、夜を徹した行動を余儀なくされる場合もありますが、この際には作戦部隊が発揮できる戦闘力が低下していることを考慮しなければなりません。部隊の行進はルーチン化された動作であるため、部隊の戦闘効率の低下が露呈することはあまりありませんが、敵との戦闘が開始されると、その影響は顕著になります。

今回の記事では紹介することができませんでしたが、米軍では睡眠負債を抱えた状態で戦闘行動を継続するために、部隊にカフェインを摂取させる基準を示しています。第一次世界大戦でインスタント・コーヒーが支給されるようになって以来、軍隊はカフェインに覚醒作用があることを認識していましたが、最近の研究でも睡眠不足で生じた認知機能や運動能力の低下、戦闘効率の低下を防ぐ効果もあることが明らかにされています。もちろん、カフェインはあくまでも応急的な対策にすぎず、十分な睡眠時間を確保しなくても戦闘力を維持できるというわけではありません。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント

関連記事


参考文献