軍事学で必読の5冊

軍事学で必読の5冊

2019年7月11日投稿

はじめに

近年の日本でも少しずつ軍事学への関心が高まっているため、入門書も出ていますが、その多くは平易さや時事性を優先しており、専門書を読み進める上で押さえておくべき文献の詳細な解説や案内は限定的です。

この記事では、軍事学を学び始めた初級者が中級者になるため、優先的に読むべき文献5冊をまとめて紹介し、その内容を簡潔に紹介してみたいと思います。


孫武ナポレオンジョミニマハンドゥーエなどの古典は確かに重要ですが、それらの影響力をすべて合わせたとしても、クラウゼヴィッツの『戦争論』の影響力には敵わないと思います。

クラウゼヴィッツを読まずに軍事学の門を通り抜けることは実質的に不可能な状況であり、それほど多くの研究者が彼のパラダイムに依拠して仕事をしています。

しかし、クラウゼヴィッツの著作は非常に難解なことで恐れられています。この問題を解決するには、解説書を適切に利用することが近道であり、独力で読みこなそうとすることは賢明ではありません。

後述するピーター・パレットの著作『現代戦略思想の系譜』の第7章に収録された論文「クラウゼヴィッツ」は検討すべき選択肢の一つです。パレットはクラウゼヴィッツの複雑な概念を巧みに要約しているので、初めての挑戦者はこれで要点を予習することをお勧めします。

またクラウゼヴィッツは自分が軍事学を教えていたプロイセンの皇太子に向けて『戦争術の大原則』と題する手引書を書き残しており、これはクラウゼヴィッツの著作としては比較的読みやすいものです。

軍事学にとってクラウゼヴィッツがこれほど読み継がれている理由はいろいろありますが、まず彼が戦争と政治との関係を初めて体系的に体系化したことが評価されていることを知っておくとよいでしょう。

「戦争は他の手段をもってする政治の延長」という有名な箴言にクラウゼヴィッツの思想が集約されていると紹介されることが多いのですが、これだけではクラウゼヴィッツの議論を一面から見ているにすぎません。

実際に『戦争論』を読み進めていくと、クラウゼヴィッツの戦争観には二つの側面があり、政治の延長としての戦争という見方はその一つに過ぎないと分かるでしょう。

ピーター・パレットによって編纂された戦略思想の歴史に関する論集です。

一度でも読み通せば、軍事学に対する理解は従来とはまったく違ったものになるはずです。というのも、16世紀から20世紀までの欧米諸国における軍事学の歴史をこれほど総合的に記述しており、軍事学がどのような議論の積み重ねを経て発展してきたのかを見通せるようになるためです。

内容としては「第一篇 近代戦の起源」、「第二篇 戦争論の拡大」、「第三篇 産業各三から第二次世界大戦まで」、「第四篇 第一次世界大戦から第二次世界大戦まで」、「第五篇 1945年以降」に区分されており、合計で28本の論文が収録されています(例えば、フランス陸軍におけるナポレオンの戦略思想の影響に関する考察があり、これは「安全保障学を学ぶ」で紹介したことがあります)。原著が1986年に出版されているため、冷戦後の議論については十分にカバーしていない点に注意が必要でしょう。

もともと、1943年にエドワード・アールによって編纂された同名の著作を改訂したものであり(改定前の著作も翻訳が出されているので、こちらから確認してみてください)、1943年には存在しなかった核兵器に関する研究成果の整理、検討が行われており、特に第五篇に収録された論文は核時代の研究を通じて、抑止力、エスカレーション、軍備管理などのテーマが現れ、軍事学の議論がどれほど大きく変化したのかを示しています。

それまで定説だと思われていた説であっても、批判的に再検討を加えたことで高く評価された著作です。入門者だけでなく、ある程度の知識を持った中級者の読者であっても新しい知見を得ることができるはずです。個人的に今でも読み返すことが多い文献です。

教育的な配慮がすみずみに行き届いている戦略学の教科書です。基本的な概念を定義し、段階を踏んで応用的、発展的な内容へと展開していくため、読み進めるたびに知識が整然と配列されていき、専門的な研究のよい準備となるでしょう。

海外の大学で広く読まれてきた実績のある教科書であり、その初級者でも読める内容でありながら、議論の水準の高さを保つことに成功しています。

日本語の翻訳で底本とされているのは2010年に出版された第3版であること、また抄訳であることに注意してください。訳出されているのは「第1章 戦争の原因と平和の条件」、「第3章 戦略理論」、「第6章 地理と戦略」など、基礎的な論点を整理し、どのような議論が展開されてきたのかを紹介している部です。

原著では第2部として「非正規戦争(Irregular Warfare)」、「大量破壊兵器の管理(The control of Weapons of Mass Destruction)」、「イラク、アフガニスタン、アメリカ軍のトランスフォーメーション(Iraq, Afghanistan, and American Transformation)」などが続くため、英語に抵抗がなく、かつ具体的な課題に興味がある読者は原著で読むべきでしょう。(2018年に第6版が出版されています

この著作の価値を高めているのは、随所に盛り込まれた要点説明だけではなく、各章の末尾に付された演習問題です。「戦争が重大な社会的、政治的変化を引き起こすのか。それとも、戦争はそれらの変化を反映したものなのか」、「戦争とほかの暴力の形態とを区別するものは何か」など、読者が主体的に調査、研究を進めるための出発点となる問いが投げかけられています。

これらの問いに自分なりの答えを出そうとすれば、軍事学の学びはより実り豊かなものになり、また現時点で自分の軍事学に対する理解がどれほど確固としたものになっているのかを検証することもできるでしょう。

この著作の価値は過小に評価されているように思います。ジェームズ・ダニガンは大学に所属する研究者ではなく、ウォーゲームのデザイナーとして知られているからかもしれませんが、彼の軍事に対する理解は非常に深く、陸軍、海軍、空軍の編成、装備、管理、作戦について百科事典的な知識を動員することができます。

確かにこの記事で取り上げた他のアカデミックな文献とは少し毛色が異なりますが、初級者が中級者を目指そうとするなら、この著作を読むことによって多くの時間を節約できるはずです。

目次を開くと、陸軍の歩兵、戦車、砲兵、海軍の水上艦艇、潜水艦、航空機、空軍についても航空機だけでなく、防空システムと幅広く解説されていることが分かります。

単に定性的な知識が解説されているだけでなく、さまざまなデータが提示されている点が高く評価できます。例えば、「第24章 消耗戦」を読むと、戦闘を通じてどのような経験則が知られているのかが論じられています。戦場で負傷者が3名発生すると、そのうち1名は後に死亡すると推定できることや、戦闘中の行方不明者のうち50%が戦死しているか、あるいは重傷を負った後で未確認のまま戦死していると推定されることなどが紹介されています。

これらの数値を組み合わせれば、推定モデルを作ることもできるでしょう。

もちろん全く問題がないというわけではありません。日本語の翻訳は1992年に出版されていますが、その時に使用された底本は1982年に出た第2版です。1993年に第3版が出ており、この記事を執筆している時点で確認している第4版は2003年に出ています(原著へのリンクはこちら)。日本語でこの文献を読もうとすると、どうしても冷戦期の軍事情勢を前提にした議論に出くわすことになります。それを避けたいのであれば、原著の第4版に当たることが必要になってきます。

ジョン・キーガンの研究領域は軍事史であり、ここで取り上げる著作もその業績の一つですが、それは他の軍事史の研究とは違った視点で書かれています。

つまり、国家や軍隊を分析の単位に据えたマクロな戦争史を描き出すのではなく、最前線で戦う兵士のミクロな行動、あるいは兵士の内面で起こる心理的な変化に焦点を合わせ、戦場の実相を可能な限り具体的に記述しようとしています。海外で高い評価を受けている著作であり、戦闘の詳細や戦術の実態に関心がある読者にとって推奨できる文献です。

この著作で取り上げられた戦闘は1415年のアジャンクールの戦い、1815年のワーテルローの戦い、1916年のソンムの戦いの三つです。いずれも政治史的、軍事史的に重要な戦闘として知られていますが、キーガンの記述はあくまでもその戦闘に参加した軍人あるいは部隊を中心に展開しています。

キーガンの重厚な記述は人によって冗長に過ぎると感じるかもしれません。しかし、キーガンの狙いは戦場に放り込まれた兵士が極度の混乱の中で戦っている様子を描き出すことにあります。

学者が考える机上の戦争と軍人が戦う現実の戦争が、どれほどかけ離れたものなのか、どれほど多種多様な偶発的、突発的な出来事によって戦闘の勝敗が左右されているのかが示されています。

ただし、この著作を読む前に、先に挙げたそれぞれの戦闘の大まかな経緯を前もって確認しておくことは必要かもしれません。この著作の利点は戦闘の細部を知ることができることにありますが、それは全体像を見失わせる欠点と表裏一体のものです。

またキーガンの記述にはあたかも戦争映画を実況しているかのような迫力があって面白いのですが、そこから導き出した解釈や考察に関しては議論の余地が多い点には留意すべきでしょう。

まとめ

軍事学の研究領域の広さを考えれば、ここで上げた5冊は序の口に過ぎないかもしれません。しかし、これら5冊から学び取れる知識は、どのような研究領域に進んだとしても役に立つ内容であると思います。

日本では長らく軍事学を学ぶことが難しいと言われてきましたが、研究のための文献や資料は近年着実に増加している傾向にあり、これを最大限に活用してさらに調査研究を活発にすることが求められる段階に来ていると思います。

こうした研究の動きに多くの人が興味を持ち、それぞれが独自に研究を行う一助になれば幸いです。

武内和人(Twitterアカウントnoteアカウント