戦術

戦術

戦術(tactics)とは、戦闘において任務を遂行するために部隊を運用する技術をいう。本ページでは、戦術の概要、定義、研究略史を述べた上で、研究のための文献を案内する。

概要

戦術という言葉はギリシャ語のtaktos(配列)に由来しており、戦場で部隊の配置を指示する技術から発達したものと考えられる。戦争術(art of war)の重要な一部門に位置付けられるが、戦略のように戦闘それ自体を操作の対象とするのではなく、戦闘における部隊の運用に焦点を合わせるところに独自の意義がある。

戦術は時代が進むにつれて細分化、複雑化しているため、現代の研究ではいくつかのカテゴリーに分類して考える。最も基本的な分類は陸上戦闘(陸軍戦術)、海上戦闘(海軍戦術)、航空戦闘(空軍戦術)に応じた区分であるが、ある軍種の中でも複数の職種・兵科の部隊を協同一致させる諸兵科連合部隊の運用を研究する大戦術(grand tactics)、特定の兵科に特化した部隊運用を考える小戦術(minor tactics)などの区分もある。部隊の編制や武器の変化などの影響を受けるため、それぞれの時代、地域に応じた戦術が研究されている。

定義

  • 陸自:作戦・戦闘において、状況に即して任務達成に最も有利なように部隊を運用する術をいう。
  • 海自:戦闘において、各部隊の全能力を発揮させるようにこれらを配置し、組合せ、機動させる術をいう。
  • 空自・統合:作戦及び戦闘において、状況に即し任務達成に最も有利なように部隊を運用する術をいう。
  • 旧陸:戦勝獲得のための戦闘実行の方術を言い、その他戦闘実行に伴う諸般の行動、施設(行軍、駐軍、宿営、警戒、捜索、給養、補給、衛生等)運用等もこれに含むものとする。戦略、戦術はその範囲が互いに交錯し、分界を明確にできないのが通常であり、広義には戦略も戦術として取り扱われることがある。
  • 旧海:敵と接触して兵力を運用する術、あるいは戦闘指導の術をいう。戦場及びその附近における軍隊の隊列配列運動を包含する。その良否は直ちに戦闘の勝敗に影響する。
  • 米軍:部隊の配置、機動を含む戦闘陣の運用要領、また戦闘が開始された以降における戦闘と交戦の要領
  • ソ連:陸海空の戦闘行動の準備及び実行に関する戦闘法則の研究開発を行うために兵術の原理及びその実行に関する専門分野

研究略史

戦術の研究は軍事学の中でも特に基礎的な領域であり、古くから戦争術の一要素として考察が重ねられてきた。孫武の『孫子』、ウェゲティウスの『ローマ人の軍制』などは、その一例である。しかし、これらの研究で示されている分析は、あまり体系的なものではない。その時代に広く使われていた戦法や戦例を記録するという傾向が強く、また戦術という概念そのものが未確立であった。

近代的な意味で戦術の概念が確立され、その一般原則を明確化しようとする研究は18世紀以降に本格化したといえる。プロイセンの軍人クラウゼヴィッツの研究によって戦略と戦術が概念として区別されるようになると、戦術学の本格的な研究が準備された(学説紹介 近代的な戦略の概念が成立するまでの学説史)。クラウゼヴィッツは戦闘を単純なモデルで捉える必要があると考え、攻撃と防御の一般的な利害を分析するなど、それまでの研究で見られなかった一般化、モデル化を試みた。注目すべき点はいくつかあるが、例えば戦闘に特有の不確実性に対処する方法について、クラウゼヴィッツが従来まで考えられていたよりも大きな予備を後方に控置すべきと論じた。これは一見すると正面戦闘力の低下に繋がるが、縦深戦闘力を確保することで、より長時間にわたって交戦することを可能にするためのものである。

クラウゼヴィッツ以後も、さまざまな研究者が戦術に関する研究を残すことになったが、ここでは第一次世界大戦が勃発するまでの3名の代表的な研究を取り上げる。かつてナポレオンの下に仕え、ロシア軍の顧問になったジョミニは、19世紀の初頭に使われた陸軍戦術に関する総合的な手引書を執筆した。しかし、戦術や戦闘の理論的分析においてジョミニはそれほど貢献できておらず、その意義は当時の戦術を記録することにあったといえる。彼の研究はアメリカ南北戦争で従軍した多くの将校に紹介されたが、武器の性能が向上するにつれて、次第に適応が難しくなっていった。

プロイセンの軍人モルトケは戦闘に特有の不確実性の問題に対して、訓令戦術(Auftragstaktik)という方法で対応することを主張した。これは指揮官が部下に対して遂行すべき任務とそのために用いることができる部隊や装備を与えた上で、具体的な実行の方法を一任することである。訓令戦術は第一線に展開する部隊の指揮官に高い戦術能力を要求するものの、戦場で次々と起こる不測の事態に適応する上で効率的だった。この方式を採用するために、プロイセン軍は下級将校にも適切な状況判断、戦術能力を求め、軍隊における教育訓練の方法を発展させた。

フランスの軍人シャルル・アルダン・ドゥ・ピックは、戦闘に付きまとう危険が戦場で戦う兵士の心理に与える影響について分析している。その見解によれば、あらゆる兵士には自己保存の本能があるため、戦場において部隊としての行動をとるためには、そうした心理状態についてよく理解している必要がある。指揮官にとって特に大きな注意を要するのは兵士の士気であり、これを戦闘の最後まで保つことが重要だが、それは隊列、陣形の良し悪しによって左右されると論じられている。つまり、昔の戦闘で兵士が隊列を組んで密集していたのは、最前列で敵と格闘する兵士が左右の兵士と並ぶことで側面や背面を守るだけではなく、後列の兵士と交代できるようにするためである。

さらに学びたい人のために


文献案内

Balck, W. 1914. Tactics. Vols 2. Trans. W. Krueger. Fort Leavenworth: U.S. Cavalry Association.

Brodie, B. and F. Brodie. 1973. From Crossbow to H Bomb. Rev. ed. Bloomington, Ind.: Indiana Univ. Press.